第118話 ページ23
ガラガラ...
病室のドアが閉まると、部屋には沈黙が流れた。
吉井先生は、二人きりになるとメガネを外し、少し表情を変えた。
あ...
こっちの顔の方が、見覚えがある。
私がじろじろと彼を見つめていると、彼は小さな声で私に囁いた。
「...本当に、記憶障害ですか。今なら誰も、聞いていませんが。」
さっきのような優しい彼とは違う、少し低めの声。
こっちの方が少しだけ本来の彼のような気がする。
そんな気はするが、残念ながら私にはなんの思い当たりもなかった。
「私は...私が斎藤春美だってことしか、わかりません。他にはなにも。私のお母さんの顔だって、わからないぐらいです。」
私はそう言って、顔を下げた。
正直申し訳ない。
記憶障害とはいえ、実の娘から顔を忘れられるというのは、とんでもない苦痛だろう。
さっきから必死で思い出そうとはしているのだが、さっぱり進展しない。
「そうですか...。じゃあ、僕と一緒に記憶を遡ってみましょう。あなたは階段から落ちたあと、何をしてましたか?」
「階段から、落ちた後って言われても...」
そもそも階段から落ちたことを覚えてないのだ。
びっくりするぐらい、私の頭の中は空っぽだ。
私は目を覚ます前、一体何をしていたんだろう...
「あ...」
「...?どうかしました?」
頭を巡らしていると、1人の顔が浮かんだ。
「凜...」
「えっ...、凜?凜と言いましたか?」
私が呟いた声に、吉井先生は少し身を乗り出して言った。
「苗字はわかりますか。凜という人の。」
苗字...?
私は目を瞑って眉をひそめた。
喉まで出てきているけど、そこからつっかえて出ない。
「思い出せそうなんですけど...なんかややこしい感じがして。」
「では私がいくつか苗字を言ってみます。これだと思ったら教えてください。」
私は何も考えずに先生の言葉に頷いた。
すると先生はパラパラとカルテをめくって何かを確認したあと、私の目をじっと見つめて言った。
「村上、凜。」
むらかみ...
むらかみ...
「いいえ、違います。」
一瞬何か引っかかったが、しっくりは来なかった。
私が村上という苗字を否定すると、吉井先生は一瞬動揺したように見えた。
なんで一発目から、村上...
私が不思議に思っていると、先生は次に行きますね、と言って再び私の目を見つめた。
「山田、凜。」
「っ...!!」
これだ。
間違いない。
私の大好きな、山田凜...
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fruit(プロフ) - いちうさぎさん» いちうさぎ様!!また私に作品を作る機会を作って下さって本当にありがとうございました!私はまだ今作と前作しかありませんが...楽しんでいただけると嬉しいです!!本当にありがとうございます!!(告白は快くお受け致します) (2020年7月23日 0時) (レス) id: b2a1d0f311 (このIDを非表示/違反報告)
いちうさぎ - fruitさん» はあ・・・好きです(唐突な告白)まじで面白かったです!他の作品も今から読ませていただきます!執筆、本当にお疲れ様でした!(((o(*゚▽゚*)o))) (2020年7月22日 19時) (レス) id: d12e33a79f (このIDを非表示/違反報告)
fruit(プロフ) - 水の犬。さん» もちろんしっっっっっっっっっかり覚えさせて頂いております水の犬。様!!毎回毎回丁寧なコメント本当にありがとうございます...凄く嬉しいです!「こちらの作品が大好き」もうこれ以上ない嬉しいお言葉です...幸せをかみ締めております...ありがとうございます... (2020年7月20日 22時) (レス) id: b2a1d0f311 (このIDを非表示/違反報告)
水の犬。(プロフ) - こんばんは、お久しぶりです。覚えていなかったらすみません。番外編も読んでいてすごくゾクゾクしました(いい意味です)!改めてこちらの作品が大好きだなと感じました。 (2020年7月20日 18時) (レス) id: 88a373f457 (このIDを非表示/違反報告)
fruit(プロフ) - いちうさぎさん» お待たせいたしました!!!遅くなってしまって申し訳ありません...気に入っていただけるかはわかりませんが、読んでくださると嬉しいです!リクエストありがとうございました! (2020年7月20日 17時) (レス) id: b2a1d0f311 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:fruit | 作成日時:2019年8月13日 23時