終幕 有相 ページ3
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「……天動万象、星火燎原」
船も眠る真夜中。
埠頭の桟橋で、黒陽はそう口ずさんでいた。
「生生世世、有無相生……」
彼は手をローブの中に引っ込めて、くるりと回った。烏の面が月明かりに黒く輝く。
裸足は、変わらない。血管が透けそうな白い肌だけが、木の橋の上で踊っている。
これが儀式なのか仙術なのか、俺にはわからない。わからないけど、ただこれが美しいものだってことはわかる。
隣にいるパイモンも、珍しく茶々を入れたりせずに大人しく見ている。きっと、俺と同じように見とれているのだ。
「……岩王帝君さまに感謝し、私の全てを捧げます。どうかあなたが磐石であられますように」
最後にそう言って、彼は足をとめた。
岩王帝君はもういないって知らないから、彼はまだ岩神に祈りを捧げるのだ。教えてやった方がいいのだろうか？ 先生に相談すべきだろうか……
「今の舞いはなんだ？」
終わったと見たパイモンが、黒陽のそばに飛んでいってそう訊いた。彼は烏面をつけたまま答える。
「岩王帝君さまに奉納する舞踊だよ。私の場合は、新たな旅立ちと自立を彼に示すため」
「そんなの、聞いたことないぞ？」
「かなり古い伝統だからな。覚えているのはショウリぐらいじゃないか？」
彼が岩王帝君なんだよ、とはとても言えずに、俺は「すごいね」と返した。照れくさそうに笑う黒陽が印象に残った。
そして彼はフードを取り、仮面を脱ぐ。
「おお……！」
ところどころに紫色が滲んだ、長い黒髪。
透き通るように白い肌。長い睫毛と形のいい唇。
瞳は金だが、不思議な感覚がある。どこか先生の面影があるようにも感じられた。
黒陽はその柳眉を下げ、困ったように首を傾げる。
「……変、じゃないか？」
「大丈夫」
「ああ、どこからどう見ても人間だ！」
「よかった」
ほ、と安堵の息を吐き、彼は笑う。
「これで、みんなに迷惑をかけないで済む」
その言い分には、ほんのちょっとだけ眉をひそめざるを得なかった。
だって俺は迷惑なんて思ったことない。
たぶん先生も、公子も、迷惑なんて思ってない。
最近気付いたことだが、黒陽はずいぶん悲観的なところがある。
力を制御できないからだろうけど、自分は存在するだけで人を傷つけるとか、迷惑がかかるとか、そんなことばっかりだ。
確かに彼が人と共に在りたいなんて望まなければ、そんな心配しなくて済む。
でも、彼が人々を眺める顔を見ると、俺は何も言えなくなってしまうのだ。
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作成日時：2021年8月1日 1時
