第九幕 答え ページ10
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彼は、静かに答えた。
「海灯祭の最後の光景は美しいものだ。
私は、英雄の魂を天に導くあの灯りが好きだ。
祭りの日の、楽しそうな人々が好きだ。
賑やかな街が好きだ。
人の笑う声が好きだ。
だから……だから、港にいる。
愛するおまえたちを近くで見たいから」
許してくれ、と。
仮面が小さく震えた、ような気がした。
何に許しを乞うているのか、何を責められていると思っているのか、どちらもよく分からなかったけど。
「祭りではない、人の営みがどんなものなのか知りたかったのだ。許してくれ、旅人。君や璃月の人々が望むなら、もう港には現れない」
その声は、これ以上ないくらい真摯で。
愛に満ちていて、俺の許しを欲していて。
「でも、悪いことしてないんだろ? だったら璃月港にいればいいじゃないか。あの店主、おまえと話してて楽しそうだったぞ」
「……そう、だろうか。だが私は……私は、おまえたちを傷付けるから……」
怯えたような声音は、今にも泣きそうに思えた。
背は大きいのに、まるで迷子の子どもみたいだ。
妹を持つ兄として見過ごせない。
俺が守ってあげなくちゃ。
泣きじゃくる子には優しく、話を聞く。
これが第一のステップ。
「どうして、そう思うの?」
俺はできるだけ優しい声で言った。
複体のローブが海風に遊ばれ、裾がはためく。
「ひとは……弱い」
「うん」
「すぐに、動かなくなる」
「そうだね」
「加減がわからない。
触れたら死んでしまうかもしれない。
だから……私は、誰かの姿を借りるしかない」
なるほど。無相複体は好きで誰かの真似をしているんじゃなく、人を殺してしまわないために、誰かの真似をして『殻』を纏う必要があるのだ。
おそらく今距離を置いている理由もそれだろう。
俺が仮に、その仮面の下の素顔を暴こうと触れたら、死ぬかもしれないから。
「直接君に触ると、危ないの?」
「……老若男女だけでなく神の目を持つ者をも殺したことがある。これだけで、わかるだろう」
「うわ……ひどいな、何かの呪いか?」
全く空気を読まないパイモンを軽く睨み、依頼に関する重要な話を続ける。
「いま璃月の人は、年に一度の吉兆だった君が毎日現れていることで、良くないことが起きるんじゃないかって思ってるんだ」
「それは……私とは関係ない、ただの伝説だ」
「だよね。じゃあ、君が港に毎日現れるのは『人が好きだから』ってことでいい?」
「ああ。……迷惑をかけたな、異邦の君よ」
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作成日時:2021年7月16日 2時