己達せんと欲して人を達せしむ ページ44
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常九という男から無事に『神霄折戟録』六巻を借り受け、そのまま軽策荘の美しい棚田を見ながら読むことになった。
怪しまれたのでほんの少し顔を見せると、まるで顔見知りかのように気軽に本を貸してくれた。旅人は彼に何か貸しがあるのだろうか。
「読み終わったら感想を聞かせてほしいな」
「もちろんだ。面白い本は共有すべき、だろう？」
「そうだね。隣に座ってもいいかい？」
「構わないが、暇じゃないか？」
「いや、少し考えたいことがあるんだ……君の隣は静かだから」
彼は棚田のふちに腰をかけ、田園風景を眺めながら何かを思案しはじめる。
それに何を聞くでもなく、黒陽は待ちに待った『神霄折戟録』最終巻を読み始めた。
＊
結論から言うと、
「……ユクアキ殿」
「うん」
「……最高だった……」
まあ、そういうことである。
黒陽はこのやり場のない感情をどこにぶつけたものか分からなくなって拳を握った。常九に本を返したあと、すぐに軽策荘を走り回りたい思いに駆られた。
「そういえば、君の名前を聞いていなかったね」
「そうだったか？」
こちらを見る行秋と目が合う。聡明な瞳は黒陽の奥底までもを見透かすかのようで、思わず息を飲んだ。
「黒陽だ。ずっと名乗っていなかったんだな……気付かなかったとはいえ、無礼なことをした」
「いいんだ。君みたいに仁義をそなえた人はあまりいないから、名前を聞きたかっただけで」
軽く頭を下げると、苦笑混じりにそう返ってくる。黒陽にはどうにも別の真意があるように思えてならなかったが、彼が隠すなら訊かないでおこう、と口をつぐんだ。
「君は常九殿と知り合いなのかい？」
「いや……どうして？」
「彼は見知らぬ人間に軽々とコレクションを貸すような男じゃないんだ。下から見ていたけど、少なからずはじめは渋られただろう？」
確かに、常九は『神霄折戟録』を黒陽に貸すことを渋っていた。本は私の人生だから易々と知らない人間に貸せない、と言って。
そこで黒陽はフードを持ち上げ、怪しいものではないと示した。行秋は常九邸のもっと下、民家が並ぶ区画で待っていたから、見られる心配はないと考えた。
そうしたら、快く貸してくれたというわけ。
正直もう少し渋られるか、代価を要求されると思っていたのだけれど。
まあ結果がよければどうでもいいか。
「黒陽、顔を見せてくれるかい？」
行秋はにこりと微笑んで言った。
「僕は、君が
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作成日時：2021年7月16日 2時
