総角之好 ページ40
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「個人的な食事に付き合わせて悪いな。帰りに解翠行に寄ろう、電気水晶を奢ってやる」
「いや、構わない。私も食事がしたかった」
かにみそ豆腐を頼み、彼女は頬杖をついてこちらを見た。その瞳は驚きを映している。
「お前、ものを食べるようになったのか？」
六百年の記憶の中で、最近初めて食事をしたのだ。彼女の知る黒陽がいつの姿なのか分からないが、少なくともその頃の自分は石ばかり食べていたのだろう。
「ふふん。私がいつまでも石やスライムを食べていると思ったか？」
「だが……その食事は娯楽だろ？ かりそめの幸福感で本当の空腹を忘れたりしていないか？」
「だ、大丈夫だ、たぶん。今のところは」
「煮え切らないなぁ」
そんなこと、考えたこともなかった。
食事がしたいといった刺激を欲すること、いわゆる『忘憂欲求』と、元素エネルギーの枯渇、すなわち本物の空腹を同一視してしまうだなんて。
──……大丈夫、だよな？
煙緋は運ばれてきたかにみそ豆腐に口元をゆるめ、いただきますとレンゲを取った。
「そうだ、卯師匠。かにみそ豆腐をもう一つ。それと、仙跳牆はあるか？」
「あぁあるよ。時間はかかるが……」
「構わない、頼むよ」
茶を飲みつつ、彼女がおいしそうに豆腐を頬張るところを眺める。
豆腐はまだ食べたことがない。
というより豆腐に限らず、チ虎魚焼きを除いて海の幸を食べたことがない。
琉璃亭と双璧をなす月菜の名店、新月軒にも行ってみたいと鍾離に頼んだが、あの受け答えからするに、なんとなくはぐらかされたのだと思う。
先にかにみそ豆腐が運ばれてくる。
白くて四角い物体と、橙色のソース。淡白な匂いがほのかに鼻腔をくすぐる。
「エンヒ、かにみそとはなんだ？」
「カニの内臓だよ。もつ焼きを食べたことは？」
「ない。内臓なんて食えるのか」
「ふふふ、いいから食べてみろ」
レンゲですくい、じっと見つめる。
内臓か……内臓って臓器だろ？ うまいのか？
自然と眉間が狭まるが、煙緋が「ほれほれ」と急かすように小突いてくる。
半ばヤケになってレンゲを口に含んだ。
「……うまいな」
「だろう！ 豆腐は最も完璧に近い食材であり、このあっさりした味わいと柔らかな食感が……」
「かにみそがこんなにうまいとは思わなかった」
「……あ、うん。そうか……」
わかりやすくしょんぼりとする煙緋。
もう一口食べて、豆腐の味わいに集中してみる。
うん。
「豆腐もうまいぞ」
「だろう！？」
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作成日時：2021年7月16日 2時
