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 食欲は食事のときに湧く ページ36

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 黒陽は俺より箸が下手だった。

 デザートが来るまでのほんの短い時間で、彼は刺す、握る、つつく、ひと揃いの箸を一本ずつで使う、などなどありとあらゆる禁忌をおかした。

 鍾離先生は特に指導するでもなく俺に丸投げ。

 俺は俺で、自分もマスターしていない文化を他人に教えるという苦行に四苦八苦。


「鍾離先生の方が得意でしょこういうの。この子に教えてやってよ」

「人に教えると理解が深まる、というからな」

「だからって……」


 はあ、と溜め息を吐く。

 デザートのハスの花パイを器用に一本ずつの箸で分解しながら、黒陽は不思議そうにこちらを見上げた。

 相棒と同じ顔をしていて戸惑うので、三つ編みを消し去ってもらっている。

 短髪の旅人は、もはや旅人とは似ても似つかぬハスキーな声色で、俺に言葉をかけた。


「君の教え方は上手かったぞ、タルタリヤ。そのわりに、君はあまり上達しなかったが」


 はん、と鼻で笑われている。……気がする。


「もしかして、根に持ってる?」

「私が? 馬鹿言え。ただちょっと弱っている私を負かして勝った気になられてもな、と」

「根に持ってる……」


 まるで人間みたいな感情の動きをするんだな。

 鍾離先生は微笑んで黒陽を見ている。
 彼にとってこの子は、珍しく伝統や契約と同じように『大切』なものであるらしい。


「ところで、鍾離先生はどうしてそんなに黒陽を可愛がるんだい? 自分の子じゃあるまいし」

「旅人にも話していない以上、お前に話す義理はない。黒陽、そろそろ帰ろう」


 冷たいなあ、と唇を尖らせると、黒陽が気まずそうにこちらを見てきた。


「……その」

「ん、ああお金? 安心して、約束は守るよ。あと今日のご飯は俺の奢り」

「なんと。君、実は良いヒトなのか……?」

「あー、そんなに騙されやすいとお兄さん心配になっちゃうなー」


 相棒が連れているおチビちゃんと同じ匂いがする。食欲で動いているっぽいところと、食べ物をくれる人と良い人をイコールで結んでしまうところが。

 今日の食事が俺持ちなのは、この席を整えるよう先生に頼んだのが俺だから。無理やり連れてきてもらったようなものだし、当然だろ?

 まあ、先生も同席するとは予想外だったけど。おかげで黒陽がなんなのか聞けなかった。

 でも収穫はある。
 このまま俺を良い人だと思っててくれれば。


「はいどうぞ。今度は本気を見せてくれよ、放浪者(ワンダラー)


 きっちり二万モラ。
 彼は目を輝かせ、ありがとうと言った。

 終→← 公子



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作成日時:2021年7月16日 2時

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