朝は夕方より賢い ページ33
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『
天衡山の上から、霊矩関の方に向かって。
あんなに稼がないとと言っていたのに、約束のモラも受け取らずに逃げ去ってしまった。
もちろん、あのまま負けを認めていたら殺さないつもりだったし、医者に連れていくつもりもあった。
神の目を持っているのに雷を使わず、軽い身のこなしとよくしなる脚を持っているのに反撃しない。
彼あるいは彼女が本気を出さない理由がなんなのか、自分にはよく分からなかった。
つまらない、と感じたことは事実だ。
なぜ追っているのか分からない。
けど、なりふり構わず逃げ出したあの子がどんな事情を抱えているのか、知りたい。
見晴らしの良い山の上から黒いローブを探す。
『化瑞様』は古くからテイワット大陸の各地で目撃されている。
祖国スネージナヤでは『ドゥヴォイニク』の名で、璃月と違い単なる伝承として受け継がれてきた。
ただあまりに古い伝説であり、覚えている人は少ない。他ならぬ自分も『博士』から初めて聞いた。
執行官の博士がなぜその話をしたのか。
当然、研究のためである。
彼は民俗学者ではない。なのに『化瑞様』のような昔話を知っている。それは、『化瑞様』を伝承だと考えていないからだ。
璃月に残る仙人伝説はどれも事実だった。
どんなに荒唐無稽なものでも。
稲妻には化け狸や、神の使いの狐がいると聞く。
それらも伝承とされながら実在するものだ。
ゆえに博士は『化瑞様』を実在のものと仮定した。だから璃月に派遣されることが決まった日に、観察を依頼してきたのだろう。
(別に、女皇陛下の命令じゃないからなぁ)
そうだ。博士の頼みを聞いてやる義務はない。
見逃してもいいのだが──
「あ、いた」
廃屋に駆け込んでいく姿が見えた。
天衡山を降り、後を追う。
その家は今にも崩れそうだった。屋根の一部が抜け落ち、窓は割れ、傾いている。
こんなところに隠れるより、璃月港に戻った方が安全なのに。
枯れた生垣。苔の生えた石畳。
人の気配が消えた家。
近付くにつれ、体に違和感を抱く。
肌がピリピリする。足を止めない。
指先が痺れてきた。歩を進める。
(これ以上はまずいな……)
玄関から向こう、屋内に、目に見えるほど濃密な雷元素が充満している。
あの中に入っていけば確実に傷を負う。
せめて様子を……
「……はは。本当に仙人か?」
日差しを受けてきらめいたのは、紫色のプリズムだった。
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作成日時:2021年7月16日 2時