第四幕 もう一度。 ページ17
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複体の話が正しければ、彼の人格はここ六百年ほどで形成されたものだ。数千年前と変わっていないとは言え、いくらか変化はしているだろう。
その積み重ねを無視して、過去の名前を告げ、呼ぶことは──確かに、彼の積み上げた六百年の人生を否定することになる。
「それは私が名乗ったものか? それとも、誰かに貰ったものか?」
彼は琥珀の瞳で先生を見上げ、ぱちりと瞬いた。
否定とか無視とか、微塵も考えていないような眼差しだった。ただそこにあるのは好奇と慈愛。
「お前の面倒を見ていた者たちが付けた名だ」
「そうか。ならば教えてくれ、無下にする理由がない。彼あるいは彼女を、私は大切に想いたい。……たとえもう思い出せなかったとしても」
そう言って口角を上げる。
悲しげで物憂げな雰囲気は消えなかった。
「わかった。お前の名は、
鍾離先生がその音節を口にするとき、口元には懐かしさの微笑みが宿った。
「コクヨウ……うん、いいな、馴染みがいい。好い名前だ。ありがとう、ショウリ。名付け親にも礼を伝えておいてくれ」
「ん、……ああ。彼女は遠くにいるんだ、いつか会ったら伝えておこう」
「頼むよ」
無相複体、もとい黒陽は自分の名前を取り戻し、嬉しそうに笑った。けれどあの口振りからすると、名付け親はもう……いや。彼が隠すなら俺も口出しはしない。
「よかったな、黒陽! これで話は終わりか? 実はオイラお腹すいちゃって……」
パイモンがえへへ、と頬をかく。
確かに今日は朝から依頼に探索にと、ろくに食事をする暇もなかった。
「そういえば私も腹が減っているんだった……」
「よしっ、じゃあ夕飯にしようぜ! 鍾離の奢りだって言うし、おまえも行くか?」
「いいのか?」
分かりやすく目を輝かせる黒陽。
あ、パイモンと同じ食欲タイプかな?
もちろん、と意味を込めて頷くと彼は拳を握った。そんなにお腹がすいてるんだろうか。
「あ、いや、さっき戦って消耗したからな……」
さっきの戦い、ずいぶん余裕そうに見えたのに。
先ほどのパイモンと同じように頬をかく黒陽は、いくらか幼げに見えた。鍾離先生を女性にしたみたいな姿をしているので、妹か何かに見える。
「んじゃ、行こう! 黒陽は何が食べたい?」
「ショウリの奢りなんだろう? なら、燭照級の夜泊石か、稲妻産の電気水晶が食べたいな……」
「え?」
「はっ?」
「っはは。あまり驚かせてやるな、黒陽」
「うん?」
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作成日時:2021年7月16日 2時