look at the :ガブリ ページ5
薄暗い部屋にキーボードを打つ音だけが静かに響く。ふと集中が切れて初めて、背後に座って俺の髪を弄る者が居ることに気が付く。
「ゆーちんってさ、俺の髪好きよね。」
不意にそう問いかけてみると、いつもより数段落ち着いた声が返ってくる。
「んー？うん、綺麗だし。なんで？嫌やった？」
そう言ってまた新たに髪の束を掬う彼。嫌かと聞いておいて辞める気は無いんだな。
「別に嫌じゃねーけど、暇さえあれば俺の髪弄ってっから飽きないんかなって。」
すぐに答えが出なかったようで数秒黙り込んでしまう。が、彼の手から数本髪が落ちる感覚がしたのと同時に
「あー…あっ！もー、しらはまが話しかけるから何本目か分からんくなったじゃん。」
問いかけの答えではなく、文句が返ってきた。
「え、何？髪の毛数えてんの？」
「そ。いい感じだったのに誰かさんが話しかけるから最初っからになりましたぁ。」
ブツブツと文句垂れながらまた髪を弄る彼。どうやら辞める気は無いらしい。
「えぇ、俺が悪いん？…はいはい、すいませんねぇ。」
俺に非はないと思うが、一応適当に謝ってまた作業を再開する。
キーボードを叩いていると、ふとある話を思い出した。
「…ねぇ、ゆーちん。人の髪の毛って、一生数え終われないらしいよ。」
最近聴いた曲についていたコメントに、そんな話があった。彼は知っているのだろうか、興味本位で聞いてみる。
「へぇ、そうなの。じゃあ一生こうしてないとだね。」
興味なさげに応える彼。その声はいつもより少し低くて、どこか切なげで。
「…ゆーち「翔太。」
言葉を紡ごうとした瞬間、彼に止められる。名前を呼ばれただけだが、それ以上は言うなとでも言いたげな圧を感じ、諦める。
「……何？」
「気付かないでね。」
彼の口癖。俺の前だけでの口癖。高校の頃から、俺と二人きりになる度に必ず呟く言葉。当時の俺は何も知らなかったが、今はもう無知な子供じゃない。
俺は気付いている。彼の声が震えていることも。この言葉の意味も。なぜ俺だけにこの言葉を言うのかも。
彼の想いも、俺の想いも。だから、
「…うん。」
早くなった胸の鼓動も全て無視して、俺は気付かないふりをする。
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参考:look at the sea / おいしくるメロンパン
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作者名：おれお | 作成日時：2022年3月20日 12時
