episode. 10 ページ10
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前にお兄さんの顔をちゃんと見たかったと言ったのをきっと覚えてくれていた。それを思い出して、それに沿って行動してくれたことも含めて純粋に嬉しい。
ただ嬉しいだけなのだけれど、お兄さんの顔が良いから無駄にドキドキしてしまう。
「ちょっとごめん」
お兄さんが立ち上がってポケットからスマホを取り出す。微かにバイブ音も聞こえるので着信だろう。
私も立ち上がり、手を差し出して「どうぞ」と示すと、お兄さんは軽く口の端を持ち上げて笑んだ後スマホを耳に当てた。
「はいもしもし」
『おいセンラ！！今どこにいる！！無事か！？』
言葉がはっきり聞こえるほどの大音量がお兄さんのスマホから響く。
ビクッとしてしまった私とは違いお兄さんは平然としていて、ため息を吐く余裕まであった。
「なんで誰も彼も初めから怒ってんねやろなぁ……」
『あぁ！？うるせえな、どこにいんだって聞いてんだよ！！だから大人しくしとけっつっただろうが！！だいたいセンラお前は』
「あーもうわかった、ごめん！謝るから静かに喋って。スマホから漏れる音でバレるわ」
『お、まじか。ごめん』
以降は一気に音量が下がり、内容までは聞き取れなくなる。
ただ私は一つ、わかってしまったことがあった。
さっきまでの会話の中に二回聞こえた名前らしきもの。
――「センラ」。多分、いやほぼ、お兄さんの名前だ。
「はい、はーい、ありがとうございますー」
お兄さんは通話を終えて、スマホを持ったまま私を見る。
マスクに指をかけ、結局その手を下ろして、精巧さの漂う綺麗な微笑を浮かべた。
「聞こえた？」
平坦な調子で尋ねられる。
私は正直な答えを口にして頭を下げた。
「最初の方は聞こえました。ごめんなさい」
「いやええんよ。俺が出るって決めたんやし。……でさ、わかった？」
「……はい」
何を言うか迷った。悩み抜いて、決めて、頭を上げた。
お兄さんがマスクを上げかけているのが見えても関係なく私は言った。
「私の名前はAです！」
「…………は？」
お兄さんはわけがわからないという顔をした。私を観察するように見て、疑惑の色を深める。
「なに？どゆこと？」
「私だけお兄さんの名前を知ってしまったので私も言わなきゃと思って。センラさん、ですよね？私はA……です」
ここで気がついた。この自己紹介の先に一体何があるのかと。
もっといい言葉があったかもしれない。間違えたか……。
ちらりとお兄さんの反応を窺った。
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作者名：冬楠 | 作成日時：2023年10月27日 22時
