episode. 6 ページ6
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お兄さんが急に近くなった気がしてドキッとする。親しむようでいてどこか遠かったそれまでとは違う、砕けた表情のせいだろうか。
「嬉しい、です」
「そか」
お兄さんは満足気に笑った、ように見えた。
おかしな話だ。私の答えにお兄さんが喜ぶなんてあるはずない。きっとただ笑っただけだ。
スマホのバイブ音が鳴り始める。いくら辺りが静かとはいえ聞こえることにびっくりした。お兄さんは手の中のスマホを見ながら嫌そうな顔をしている。
「引き止めてしまってすみません。大丈夫ですか？」
「大丈夫よ。けどまぁ、お兄さんはそろそろ行ってくるわ」
「はい、いってらっしゃい！……です！」
踵を返して去ろうとしていたお兄さんが立ち止まる。不思議に思って眺めた先、お兄さんは少し顎を上げて振り向くようにしながら、帽子の鍔に手を添えて軽く直した。
「ん」
そしてお兄さんはどこかへ歩いていった。
何をしても様になるな、と思いながら、私はマンションへ戻った。
□■□
「おい、聞いてるか？センラ」
運転席からバックミラー越しにマネージャーが睨むように見てくる。白状すれば長ったらしい小言を浴びせられるのはわかりきっている。
「聞いとった」
「嘘つけ。ぼーっとしてただろ。時間にも遅れるし、夜更かしでもしてたか？着いたら起こしてやるから寝てろ」
どうやら俺が眠いのだと解釈したらしい。それを怒るでもなく寝てろだなんて、やっぱりこの人は俺に甘い。俺をあいつらから守ってくれたのもこの人だった。
だからか、なんとなく二人の時は、言いたくなったことを口にしてしまう。
「俺、女の子に対してかわいいって思ったんめっちゃ久々かも」
「…………」
「何歳か知らんけど」
「…………」
「昔の、初めの頃に、戻った気分やったわ……」
あまりにも何も言われないので、本当に眠いことにしたくなって瞼を閉じつつ重たげに喋る。
「センラ、大事なとこは嘘つくなよ」
凛と、響く。車は停止しているので恐らく赤信号、そしてバックミラーにはあの翡翠が映っているのだろう。
大事なんてない。人からの好意とか、愛とか、俺は信じていない。そういうもの自体があるのはわかるけど、俺に関係ないところで勝手にやってくれ。
俺を大切みたいに装っているあんただっていつ離れていくかわからない。
「……予定の変更って何やったっけ、うらたん」
「おら聞いてなかったんじゃねえか」
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作者名：冬楠 | 作成日時：2023年10月27日 22時
