この美しい世界に【轟焦凍】 (ページ5)

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鼻歌を歌って現れた彼女に苛立ちをぶつける。それに彼女は首を横にした。

「嘘ついた…って何のこと？」

「上鳴に“山田花子”なんて名前の奴いないって言われた」

すると彼女は話の意図を掴めたのか大きな笑いを唇にのせた。
そして悪びれもなくバレた？と舌をちろりと出す。

「それじゃあ本当の名前を言おっか。聞きたい？」

「もったいぶるなよ」

彼女といると調子が狂う。いつだって彼女のペースに巻き込まれてしまう。
そして彼女はそんな事お構いなしに更に話を続けていく。
Aだよ、と言われへぇと反応を返せばどういうわけか彼女は不満気である。

「…なんだ」

「自分から聞いといてその薄い反応はないんじゃない？」

むすっとしている彼女に、仕方がないだろと自分の後頭部に手を置く。
お前がそんだけ引っ張った所為で興味が少なくなったんだ。

「まあいいや。で覚えた？」

さっきまで不機嫌だったのが嘘のように、今はけろりとしていて、やはり彼女切り替えがわからない。

「…Aだろ。そんなすぐに忘れねえよ」

「うん優秀」

ぽんと頭の上に乗せてきた彼女の小さい手をやめろと振り払うと、彼女は幾分寂しそうにした。

「近所の子はこうやると嬉しそうにするんだけどな」

「俺はその近所の子よりも年上で、そんなことされる歳じゃない」

彼女はそっかと行き場のなくした自分の手をぼんやりと見つめている。
その珍しい様子に言い過ぎたかと罪悪感をほんの少しばかり湧いたけれど、彼女ならば平気だろうと落ち着いた。

「そしたら大きくなったらあの子も轟くんと同じこと言うのかな」

「…人によるだろうけど、誰でもずっと今のままではないだろ」

「それもそうだね」

まだ彼女は自分の手を裏表ひらひらさせながら、見ている。

「淋しい気もするけど、みんな成長するもんね」

「……お前の言葉を借りるなら、誰も変わらない世界なんてつまんないだろ」

彼女は暫し目を瞬いて、次の瞬間そうだねと大きな向日葵を咲かせた。

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