大人はずるいもの ページ30
目が覚めるとそこには見たことのない景色が広がっていた。
眩しいくらいに純白のシーツ、いつも見てるものより少し小さめのテレビ、高価そうな椅子と机。それから独特な匂い。ここはホテルの一室だ。
どうして私はホテルにいるのだろうだなんて考えようとするけれど、頭痛が邪魔をする。この痛みは知っている。二日酔い。
確か昨日は高校時代のバンドメンバーと久しぶりに再会して、呑んで、それから、どうしたっけ？
その後がどうしても思い出せない。数年ぶりに戻ってきた大阪で、寝床は確か昨日会った彼らとは別の友人の家にと決めていたはずだ。なのにどうして私はホテルにいるのだろうか。
何も分からないがこの蒸し暑さから開放されたいという心理的欲求からゆっくりと起き上がる。そこで私は自分が白シャツ１枚なことに気づいた。
混乱して何も出来ない私に男の影が近づく。「起きた？」優しい声。私はこの声を知ってる。
「…、お、きた…けど、」
「何も覚えてない？」
小さく頷く。彼とは目を合わせられない。首にタオルを巻いてバスローブ1枚で。どこを見ればいいと言うの。
窓の外を見つめてどうにかやり過ごそうとしていたのに気づけば彼の顔と、後ろには天井。バスローブの隙間から覗く身体が馬鹿みたいに艶やかで。
この顔も、知っている。私、何度も見たわ。飽きるほど。それでも飽きなかったの。
バンド内は恋愛禁止だなんて結局は暗黙の了解なだけで。でもバンド内で唯一男であった彼には彼女がいた。あの頃は好きなんて気持ち、1度も感じたことがなかったのに。
「思い出すまで、昨日と同じことしてあげる」
そうやって少しだけ荒々しく、けれど優しく私の唇を塞ぐの。
貴方はいつもそう。酷いふりしていつも優しい。それが罪になってしまう程に優しくて、いつもわたしは心配でもあった。
「…ん、ね、彼女は、？」
「あんなの…もう別れた、」
"あんなの"。そうやって優しい貴方がそれほどまでに冷たい言い方をするものだから、彼女との間の問題が余程のものだったことを一瞬で理解する。
彼女がいないならいいや、だなんて馬鹿みたいに漬け込む私も、貴方のその優しさに甘えた罪な人だ。ずっとずっと私は貴方からのキスを受け入れた。
本当は全部覚えているのよ。ねえ。
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作者名：英 | 作成日時：2015年8月15日 20時
