人魚姫パラドックス ページ23
いつもよりほんのちょっとだけ派手なメイクをして駆けていくの。
寒くなったり暑くなったりする中途半端な気候ももう終わりを迎えて、すっかり季節は春。
衣替えも済ませて服が軽くなったぶんだけ貴方へと向かう脚取りも軽くなって。
駆けていった先にいる貴方とその隣にはとてもかわいい女のひと。
楽しそうに笑う貴方を見て踵を返す私。どうしてこんなに弱いんだろう。
"好きです、"なんて言葉は口に出したら泡になって消えてしまいそうな気がしていつまで経っても言えない。
わたしは結局夜になったら魔法が解けてしまうシンデレラや王子様のキスがないと目覚めない白雪姫になんてなりたくなくて、完全で完璧で隙のない"王子様に永遠に愛される女"でありたいんだ。
きっと貴方の隣で貴方に笑顔を向ける女のひとは辛い思いも悲しい思いも人よりも少ないかも知れないけれど、それでもほんの少しでも背負って生きてるんだろう。
私はその重みを全て捨てたかった。完璧なくせに滑稽で空っぽな私を、私の望む王子様に愛して欲しかった。
1から10まで全部甘ったれていた私に王子様はやってこない。
王子様だってひとりの人間だから。努力してる女のひとのほうがきっと王子様の瞳にも輝いて映るんだ。
それにシンデレラも白雪姫も素敵な王子様と巡り会えたけれど、彼らが本当に彼女たちの望んでいた男のひとだとは限らない。
ただ端正なルックスで優しくて財力も権力もあって、そういう一般的に優良物件とされる男のひとに好かれただけ。
彼女たちは本当に彼らと結婚したかったのか分からない。どんなに貧しい生活が待っていたとしてももっと別のひとが良かったのかもしれない。
そうやって言い訳ばかりを並べながら、それでも私はここにいると主張するようにヒールを鳴らしながら歩く。
「Aさん、」
貴方はいつも誰を呼ぶときも名前で呼んでくれる。それが堪らなく嬉しくて、だけどその分"名前で呼んでくれる特別"がないことに落胆する。
私はきっと名前で呼べない。呼ぶ権利はないんだ。
だけど許して欲しいの、今言わないと全てが駄目な気がするから。
「…先輩、」
何、と柔らかに笑って私の次の言葉を待つ。全てが私にとっての王子様だ。
「好きです。」
嗚呼、口から出た言葉も私自身も、全てが泡になって消えてなくなってしまえばいいのに。
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作者名:英 | 作成日時:2015年8月15日 20時