黒に映る赤 ページ21
「ずっと君を殺したかった」
彼は私と会うなりそういった。
そんな非現実的でファンタジックで、けれどどこか現実的な言葉を向けられたのに、私の中には恐怖どころかむしろ安心感のようなものが駆け巡った。
先程まで耳に流れていた音楽は一般的に"お洒落"だと形容されるジャズの生演奏であったらしく、さらに著名なジャズ楽団と偶然その場に居合わせた実力派俳優とのコラボレーションという貴重なものだったらしいが、そんなものはもう聞こえない。
彼の言葉だけが耳の中で、脳の中で、骨の髄まで染み渡るように木霊する。
それがどうにも心地よくて、私は口角をあげざるを得なかった。
「君はいつでも楽しそうだね」
「そうかしら？」
「そうだよ、いつも笑ってる」
「いつも笑ってる人がいつでも楽しいだなんて勘違いも甚だしいわね」
赤ワインの入ったワイングラスを持ち上げ、一気に飲み干す。
私達はとても対照的であった。
いつも笑っている私といつも物憂げな表情の彼。
喜怒哀楽の激しい私と感情表現が苦手な彼。
赤のような派手さが好きな私と黒のような落ち着いた色が好きな彼。
上げだしたらキリがないけれど、最も明確だったのが"死ぬために生きる私と生きることを楽しむ彼"。
「君にとっての人生のゴールは"死"だろう？」
「間違いではないわね。正解とも言えないけれど」
「僕の人生のゴールは"死"じゃないんだ」
「"どれだけ楽しく生きることが出来たか"」
「ご名答。さすが君だ、僕のことをよく分かっているね」
小馬鹿にしたように彼は口角をあげた。彼の乏しい中の感情表現の一つだ。
こんなのでも彼の周りに人がよってくるのは、彼の優しさとルックスと話上手な所−−…というのも一理はあるのだろうが、人を惹きつける魅力があるからだろう。
「あなたは私のことを分かっていない癖に」
「ああそうだね、僕が他人について知りたいと思うのは性的対象の女性のみだ。」
「本当悪趣味」
「あれ？僕にとって君は性的対象なんだけれど」
彼は白ワインを口に含んでから身を乗り出して甘い甘い笑みを向ける。
「で？君は僕のために死んでくれる？」
返事はもちろん分かっているでしょう、馬鹿みたいに笑えば笑を崩さずに言う。「勿論。」
『貴方の為に死ぬくらいなら私と心中しましょう』
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 13人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：英 | 作成日時：2015年8月15日 20時
