＊ ページ19
.
「今日は楽しかったです。ありがとうございました」
「あ、うん、私もすごく楽しかったよ」
「それならよかったです」
少しだけ沈黙が流れた後、Aさんの視線が斜め下に動いた。その先には、繋がれた手。困っているんだろうな、ってことは分かったけど、折角勇気を出して握った手を離したくはなかった。
それに。
「Aさん、」
俺はその手にもう一度優しく力を込めた。
「Aさんは俺のことをただの後輩と思ってるかもしれないけど、俺はAさんのこと、1人の女性として見てます。だから、もし良かったら、俺のことも1人の男として見てください」
今日の目的はそれ。
何も今すぐに付き合ってほしい訳じゃない。ただ、いつまでも子どもみたいに思われてるのが癪なだけ。須貝さんや山本さんみたいに、せめて対等な関係になりたい。そして願わくば、いつかAさんの隣りにいるのが俺になったらいい。
だからね、Aさん、
俺を見てよ。
「乾くん、私、」
Aさんは震える唇でそっと言葉を紡いだ。
……でも。
「じゃ、そういうことなんで。よろしくお願いします」
「え？ちょっと…！」
こんなの卑怯だと思う。でも俺は逃げた。言い逃げした。Aさんがそれから何を言うのか分からなくて、聞くのが怖くて、遮断するしかできなかった。
パッと手を離してその手をひらひらと振り、振り返って早足で改札を通る。Aさんがついてくる様子はない。ただひたすら、振り向くこともせず、一心不乱にホームに向かった。
握っていた手がまだ熱い。Aさんの手、小さかったな。肉はついてないけど、男みたいにゴツゴツしてるんじゃない、いかにも華奢な指と手のひら。繋いだだけで分かった。今の俺は、そんなところもかわいくて仕方がないと思うんだ。
あー。本当にAさんが好きだなあ、と自覚する。その気持ちはもう歯止めが効かなくなっていて、Aさんにも俺のことを好きになってもらいたいと心の底から願ってしまう。その為の一歩を、俺は今日ちゃんと踏み出せたんだろうか。結局最後は逃げてしまったから分からなくなったけど、それでもきっと何かが変わった筈だって信じてる。
だから、もう躊躇わない。またデートにも誘うし、物理的にも心理的にも距離を詰めてやる。
だって今日で確信したんだ、
Aさんを誰にも取られたくない、って。
end.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 78人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：猫舌 | 作成日時：2022年8月18日 14時
