4.密やかなハナミズキ ページ13
side:you
とうとうこの日が来てしまった。
朝起きて顔を洗って、までは良かった。朝ご飯を食べようにもほとんど喉を通らないし、メイクをしようにも全然うまくいかない。仕方ないから空腹は冷蔵庫にあったゼリー飲料で誤魔化して、顔はこれ以上悩むとゲシュタルト崩壊しそうってところで妥協した。
でもお洋服は山本くんのお墨付きだから、ちょっと安心感がある。薄緑のノースリーブシフォンブラウスに、白いロングのフレアスカート。狙いすぎかなーとも思ったんだけど、"デート"なんだもん、このくらいがんばってもいいよね？
それにしても、須貝さんの言う通りにして良かったな。持つべきものは須貝お兄ちゃんだね。年齢1つしか変わらないけど。
よし、とりあえず大丈夫、ということにしよう。
仕上げに麦わら帽子を被って、ヒール低めのベージュのパンプスを履く。玄関にある全身鏡を確認すると、浮かれに浮かれた自分が映っていてちょっと恥ずかしくなったけど、もうどうにでもなれ！
待ち合わせは水族館の最寄りの駅。向かっている途中で乾くんから『改札前にいます』って連絡がきて、本当なんだ、って今更ながらに思ってしまうほど、誘われたあの日から未だに夢見心地だったりする。
目的の駅に到着して電車を降ると、緊張は最高潮に高まっていた。ちゃんと前に進んでいるのに足がもつれているような変な感覚に陥りながら、指定された改札に向かう。早く見つけたいのに、いっそいなかったらいいのにって思う自分もいて、頭の中がぐちゃぐちゃ掻き回されてる気分。
でも、改札の外に出て顔を上げるとすぐ、真っ直ぐ前に乾くんの姿を見つけた。どきん、と心臓が脈打って、口から出そうになる。
本当に、いた。
前からも後ろからも押されるような見えない力を感じながら一歩一歩進んで行くと、途中で、スマホから目を離した乾くんと目が合った。乾くんもこちらに向かって歩いてきたので、予定より数歩早く距離が縮まった。目の前にいる乾くんはいつも通りの姿をしていたけど、全然違う人に見える。
「Aさん、おはようございます」
「お、おはよう」
「一瞬、誰か分かんなかったです。いつもと雰囲気ちがうから」
「え？ああ、服かな。山本くんに選んでもらったんだ」
「…山本さん？」
ちょっとだけ、乾くんの声が低くなった気がした。
「え、変かな…？」
「いや、変じゃないです。行きましょ」
乾くんが歩き出したから、慌てて隣りに並んだ。
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作者名：猫舌 | 作成日時：2022年8月18日 14時
