今日:2 hit、昨日:0 hit、合計:609 hit
小|中|大
一 ページ1
隴西の李徴(は博学才穎(、天宝の末年、若くして名を虎榜(に連ね、ついで江南尉(に補せられたが、性、狷介(、自(ら恃(むところ頗(る厚く、賤吏(に甘んずるを潔(よしとしなかった。
いくばくもなく官を退いた後は、故山(、かくりゃくに帰臥(し、人と交じわりを絶って、ひたすら詩作に耽けった。下吏となって長く膝を俗悪な大官の前に屈するよりは、詩家としての名を死後百年に遺(そうとしたのである。
しかし、文名は容易に揚らず、生活は日を逐うて苦しくなる。李徴は漸(く焦躁(に駆られて来た。この頃ころからその容貌(も峭刻(となり、肉落ち骨秀いで、眼光のみ徒(に炯々(として、曾(て進士に登第(した頃の豊頬(の美少年の俤(は、何処(に求めようもない。
数年の後、貧窮に堪えず、妻子の衣食のために遂に節を屈して、再び東へ赴き、一地方官吏の職を奉ずることになった。一方、これは、己の詩業に半ば絶望したためでもある。曾ての同輩は既に遥か高位に進み、彼が昔、鈍物として歯牙(にもかけなかったその連中の下命をさねばならぬことが、往年の儁才(李徴の自尊心を如何(に傷(つけたかは、想像に難かたくない。
彼は怏々(として楽しまず、狂悖(の性は愈々いよいよ抑え難がたくなった。一年の後、公用で旅に出、汝水(のほとりに宿った時、遂に発狂した。或る夜半、急に顔色を変えて寝床から起上ると、何か訳の分らぬことを叫びつつそのまま下にとび下りて、闇やみの中へ駈出(した。彼は二度と戻もどって来なかった。附近の山野を捜索しても、何の手掛りもない。その後李徴がどうなったかを知る者は、誰もなかった。
→ 目次へ|作品を作る|感想を書く
他の作品を探す
おもしろ度を投票
( ← 頑張って!|面白い!→ )
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:中島敦 | 作成日時:2018年6月3日 20時