不完全恋愛【不死川実弥】

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『出張お疲れ様！』


「ん。ただいまァ。」


『おかえり。』


適当に見つけた居酒屋に入り、私たちはコツンと互いのグラスを合わせた。


何気ない“ただいま”と“おかえり”の会話が今は何よりも私の心を溶かして、再び2人の日常を取り戻せたことに安堵した。



出張先のホテルが安い割に綺麗でサービスが良かったとか、前に行った時よりも駅前が栄えていたとか、他愛もない話をする実弥は、出掛ける前の会話を自然に避けているようにも見えた。


きっと真っ先に家に帰りたくなかったのはその為だろう。
居酒屋の周りの話し声が、その気まずさを掻き消すには都合が良かった。

私だって、今その話題を蒸し返す勇気なんて無いのだから。






＊





「それ、飲んだら帰るかァ…」


2〜3杯程度の軽いアルコールで、程よくほぐれた私たちの空気を確かめるように、実弥が私を見た。


『そうだね。帰ろっか。』


グラスに残った僅かなアルコールを口に含んだ瞬間、慣れた様子で伝票を持って立ち上がった実弥が、ふわりと私の耳元に顔を寄せた。



「これ以上飲んで眠くなっても勿体ねェからさ。
　早く帰ろうぜ。」



ガヤガヤと騒がしい店内の音が一瞬途切れて、実弥の低い囁きだけが悪戯に私の酔いを誘った。



まるで身体の中に別の生き物を飼っているかのように、いとも簡単に疼きだす単純な自分が憎い。



そんな感情とは裏腹に、きっと私は今、期待に満ちた表情を浮かべているのだろう。



「会計しとくから、ゆっくり出てきなァ。」



満足気な笑みを浮かべた実弥は、さっさとレジの方へと歩いて行ってしまった。
こうして外で私に財布を握らせない所は付き合った頃から変わらない。




お店を出れば、ワイシャツのボタンを外して夜風を浴びるその背中に飛びつきたい衝動を無理矢理抑えつけた。
ドアの音に振り向いたその瞳は、宵闇を纏って妖しく光った。


いつの間に手配していたのか、タイミング良くタクシーが私たちを迎えて、実弥に促されるままタクシーへ乗り込んだ。



住所を伝え、車が走り出すと、無造作に置いていた手に実弥の手が重なった。
その手を握り返せば、ゴツゴツした指が私の指に絡まった。



不意に脳裏に浮かんだのは、昨夜の出来事だった。

しなやかに伸びる長い指。綺麗な形の爪。

実弥のとは違う、甘美な…………







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