【2j3j】夜明け前のメロウ【短編集】 (ページ34)

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先輩と別れ、一人で階段を上りながら、先程の話を思い出す。

『そんじょそこらの神様と比べても、人間界の道理をご存知の方だから、朝顔くんのこともすんなり受け入れてくれることだろう。』

『それはやはり、元ニンゲン様だからですか？』

そう聞くと、あやめ先輩は無言で頷いた。

私が担当することになったのは、“神様”という括りの中では歳若いお方で、たった百数年ばかりというのに、かなり強い神力を持っていらっしゃる方だった。

理由としては、元ニンゲン様だったからと言われている。自我あるものが神格化した際は、顕現するのが早い。それが人なら尚更。加えて、それはそれは神様に愛された官吏で人間時代から神力が強かったそうだ。

『神様に真名を明かすことはしてはならないよ。それがどんな神様だとしても。』

先輩が口を酸っぱくして言ったその言葉は、私が官吏になる前。禍祓(がくせい)時代から耳に蛸ができるくらい聞かされた。大丈夫だ、と伝えてもあまり信じてはもらえなかったが、そもそも規定で真名を名乗る事は禁止と決まっている。

惑うことはない、ちゃんとわかっている。

一段、また一段と階段を上がるたびに、己の銀髪を結わう髪留めに付いている装飾の鈴がシャンと鳴る。最後の階段を踏みしめ、朱色に塗られた鳥居を潜り抜けた。

◇◆

静けさが広がる本殿の中、目を閉じ、顔を伏せて待っていた。

真正面にある壁代(カーテン)の奥に、あの方がいると思うと、緊張でどうにかなりそうだ。

一体いつまで顔を下げていればいいのだろうか、それにしたって遅いんじゃないか、神力が足りなくて顕現されても声が聞こえないのではないか、…………。

どうしようもない不安に襲われて、ぐるぐると思考がジャックされる。

どれほど経っただろうか、永久にも感じられた時間の中、ようやく壁代(カーテン)の奥から声が聞こえてきた。

「君は……初めまして、だよね？」

耳がキンと痛みを感じた。声に乗せられた神力に、あの方だと確信する。私は顔を伏せたまま応えた。

「はい、お初にお目にかかります。

──── 弦月様。」

どこからともなく、暖かい風が吹いた。
室内に、甘くてエキゾチックな匂いが充満する。

これは、藤の匂いだ。
歓迎されている、という解釈でいいのかな。

「もう顔を上げていいよ。」

戸惑う私を見透かしたかように弦月様は仰った。