そのエンジンをかけたなら / 茅ヶ崎至 ページ7
.
彼からの連絡は喜べるものなんかではなかった。
前の日から決めていたピンクのワンピースに白色のカーディガン。お気に入りの薄茶のバッグに少しヒールのある靴。全て、全て彼を思って決めたもの。
「 大丈夫、また今度ね … っと 」
口に出して送り返す。ごめんね、から始まった要件は今日のデートを断るメールだった。
お互い違う会社に勤める私達の休みなんて合わず、付き合って一ヶ月。デートというデートをしたことがない。漸く二人で取れた休みも、彼の急な仕事とその残業によりこれまた次の機会に、との話。
外は太陽を少しの薄い雲が隠している。もう夕暮れなのだ。二人で過ごしたかったなあ、とソファにもたれかかっては早く眠りについてしまえと目を閉じた。
アラームではない。携帯のバイブ音で目が覚める。
もう辺りは真っ暗で、時刻は丁度日を跨いでいる。一体何時間寝たのだろう、と苦笑しつつ未だに切れない電話を慌てて取った。
「 はい、もしもし 」
恐る恐る声を出すと向こうから聞こえた声は私がずっと 会いたい と思っていた彼の声。
『 おっそい 』
何分鳴らしたと思ってんの、なんて不機嫌そうに聞こえる彼は電話越しに溜息をついた。目を擦りながら半分開いていたカーテンを閉め、ごめんね と謝ってからベッドに移動した。電話を切ったらもう寝よう、なんて思っていたからだ。
けれど、その考えは一瞬で忘れ去られる。
『 早く降りてきて 』
凍え死ぬ前にね、なんて冗談っぽく言った彼を理解するまで数秒。慌てて立ち上がり近くにあった上着を羽織ると、今日のために考えていたために散乱したピンクのワンピースを踏み 玄関にあるヒールの横のスニーカーに足を通した。
「 い、ーー いたるくん! 」
振り絞るように叫んだ私を見て、彼 至くんは軽く笑う。ベージュのスーツのままな至くんに慌てて駆け寄ると至くんの胸の中に私はすっぽりと収まった。
「 どうして… 」
「 残業で終わるなんて嫌だったからね 」
さすがに良心が痛むわー、なんて至くんのせいじゃないのに。
こういう彼の優しいところが私はだいすきだ、なんて。頬をゆるんだ矢先に至くんは助手席のドアを開けて「 今からしよっか 」と微笑んだ。
「 な、にを!? 」
「 初デート 」
語尾にハートがつくぐらい甘く耳元で囁いた彼が にんまり笑う。ドライブというところなのだろうか。乗り込むなり運転席の彼のあいた手がゆるりと私の指と絡み合う。
.
33人がお気に入り
この作品を見ている人にオススメ
「オリジナル」関連の作品
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ