ロンリーハート・ジャーニー / 雪白東 ページ32
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「ごめんなさい、まさかあんなことになるなんて……」
「大丈夫だよ、仕方ないことだし。ほら、全然間に合ってる」
でも、出迎えてくれる君の顔も見たかったな?
彼はよく意地悪を言う。ただでさえこんな優しい読めない笑顔、本当か嘘かわからなくなる。
ほっぺをつままれ、それこそ狙ったように本気の声で。
「そんな暗い顔されちゃうと、添い寝屋に戻りたくなるな……?」
ああやだ、歌舞伎町のカンパニー所属の添い寝屋は寂しそうに私をからかってくる。ほんとに意地悪だ。
……そういえば普段はこんなに言葉数多かったっけ、それも今度聞くことにしよう。
ああ、どきどきする。こんなに近いのは彼が添い寝屋をしていた時以来初めて。横でコートを着て、見守るように微笑んで。
「どこへ行こうか、君の行きたいところだよね?」
「うん、まずはね……」
ショッピングモールを走り回ってはアドバイスや「似合ってるよ」と褒めてもらい、呑気に鼻歌を歌いながら、いつの間にか時計の針はぐるぐると回っている。もう夕焼けが群青に飲み込まれる寸前。
「ここまでしか行けなくてごめんね、明日からまたレッスンがあって。いい買い物はできた?」
「はい、付き合ってもらってよかったです。とても」
「そっか、ならよかった。じゃあ……」
帰ろうか、と紡ぐ唇を塞いでしまった。でも、またしばらく会えないからこれくらい。
照らされた長い陰は繋がる。真冬でたった二人しかいない浜辺。海の風が寒い、でもそれ以上に、心が寒いんだ。
唇を離して、それから、背中に手を回した。
そこら辺で、自分のやったことに気付いて、慌てて離れる。
「ごっごめんなさいあの!」
「Aちゃん、まだ下……!」
ちらりと見えた赤い顔、白い大きな手でも口元しか隠しきれていない。
一気に空が暗くなって、群青に完全に染まりきる。でも片方の手は、私の背中に確かにあった。そこからじわじわ、あたたかくなっていく。
「……公演。また、見に行きます」
「うん、待ってるよ」
冬は幕明けてほしくない。雪みたいに解けそうなくらいあなたが冷たくて、ふわりと消えていきそうで。
今日、やっと安心した。あなたはまだ、私の寂しさを解かしてくれる。
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