小指から、発熱。 / 月岡紬 ページ24
。☆
午前９時、待ち合わせ。
午前１０時から映画を見て、その後に食事。
お昼を終えたら午後からは自由な時間。
２人で服屋に入ったり、雑貨屋に行ってみたり。時には彼の好みのお店に足を踏み入れる。
そんな、平凡すぎるデートがなによりの憧れだった。お店を巻き込んだサプライズとか、溢れんばかりの花束のプレゼントとか、特別な言葉とか。そうゆうのぜんぶいらなくて、ただいつもの平凡な時間を２人で過ごせたら、共有できたら。それでいい。それだけでわたしは満足で、それ以上なんて望まない。望む必要も無い。ずっとそう思っていた。
そして今、その夢を叶えている。
｢ ここの珈琲美味しいと思うんだけど。Aちゃんの口にも合うかな ｣
｢ …はい。本当に、美味しいです ｣
彼、月岡紬さんと交際を始めて、３ヶ月だった。３ヶ月経ってやっと初デート、というのも世間的に見たら少し遅いものなのだろうか。だがそんなことは気にならない。タイミングがいつとか、全然重要じゃなくて。本当に大切なのは２人で過ごせる時間の中身。それはお互いに理解しているつもりだった。
紬さんが映画を見終わったわたしを連れてきてくれたのは、小洒落た雰囲気のカフェだった。映画を見ていたショッピングモールからそう離れていない、少しひっそりとした所にある一軒のカフェ。
中に入ると一気に珈琲の香りと、華やかな木の香りが押し寄せてくる。カフェなんて１人じゃそうそう入らないからかな、こういう雰囲気には慣れていなかった。
｢ 映画、面白かったね。なによりストーリーが良かった。綴くんも連れてきてたら喜んでたかな ｣
｢ ……今日は、 ｣
｢ うん、分かってるよ。今日はAちゃんとのデートだもんね。２人じゃないと ｣
ふわり、花が笑う。ぐ、と何も言えなくなる。だからずるいんだ、この人は。
わたしの喜ぶこと、わたしが望んでる言葉、全部分かってる。私の反応を伺うのも確認のため。本当はわたしがこういう反応するんだって分かってるくせに。
それでもこの時間を心底幸せだと思ってしまうのはこれが初めてのデートだからか、それとも目の前にいるのが紬さんだからなのか。どちらにせよ、今のわたしは余裕がない。
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