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ep149 ページ8

馴れ親しんだ芳しい薫りにくすぐられて瞼を開いた。


「五感の内、嗅覚が最も鋭敏だと云うのは本当らしい」


嗄れた声にハッとして顔を上げれば、視界が歪んで平衡感覚を乱す。未だ麻酔が切れてない……。
思わず項垂れた私に紅茶を携え、悠然と歩み寄る白髪の男は今回の標的――ポートマフィア首領だった。


「無理に動かぬ方が賢明だ」


動かない方が賢明……か。
そう云われるまでもなく、私は重厚な金属製の椅子に縛り付けられていて動ける訳もない。


「其奴の行った跡に残るのは頸の無い屍と血溜まりのみ――。巷を騒がせているあの“修羅”がこの様な幼き娘とは……」


目を細めた標的を私はじっと見詰め返した。

判らない……。何故この男は自身の命が脅かされたにも関わらずかくして嗤っているのか。そして何よりも……


「何故私を殺さなかった……?」

「殺されたかったのか?」


「私は主に『死ね』と命じられればそうする。だが彼は私にそう命じたことはない。死ねと云われない限り生きているしか選択肢はない。だから生きているだけ」

殺されたかったのか――――生きる理由も死ぬ理由も持たない私にその問いへの答は無い。

そう答えた私を、ポートマフィア首領は興味深いものでも見つけたかのように凝視し、そして問うた。


「幼き修羅よ、汝の異能は如何なるものだ?数多の惨殺された屍……。幼子に成し得る芸当ではない」


そうだ。私は敵の頸を圧し折る腕力も、肉を噛み千切るような狂気も持ち合わせていない。


「私の異能は触れた対象の躯を操ること。特に屍体を操ると彼等は決まって獣のようになる」


イングランドの哲学者、トマス・ホッブズは社会契約論において語った。人間の自然状態とは互いが自身の利益を守るために起こる“万人の万人に対する闘争”であると。

人間の本質とはつまり自身の為に他者を排除することだ。獣と何ら変わりはない。
屍体とは理性が消え失せ最もその本質に近い状態。故に彼等は獣のように他者を消すことに貪欲になり、肉を裂き、血を啜るのだ。



「嗚呼、修羅……まさに修羅よ。屍をも操ろうとは……」


恍惚として呟く彼を私は黙って傍観していた。このような狂気めいた反応を見せるのはフョードル以来だった。




 

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ギラッフェ(プロフ) - こゝろさん» はじめまして。コメントありがとうございます!応援とっても嬉しいです!これからも宜しくお願いします。 (2018年12月23日 17時) (レス) id: b3908f46f3 (このIDを非表示/違反報告)
こゝろ - とっても面白いですね!これからも頑張って下さい!更新楽しみにしております!…あの、ドストエフスキーの一人称は「私」ではなく『ぼく』ではないでしょうか? (2018年12月23日 10時) (レス) id: 383b340c0d (このIDを非表示/違反報告)
ギラッフェ(プロフ) - かなさん» コメントありがとうございます。お読みになりましたか!そうですよね、共有せずにはいられないほど衝撃的ですよね……。そろそろ更新しようと考えておりますので是非お待ち下さい。 (2018年12月17日 20時) (レス) id: 78a130b852 (このIDを非表示/違反報告)
かな - 新刊読みました!!ヤバかったですね??この先の小説の続きも気になります!! (2018年12月17日 0時) (レス) id: 5a88057d9b (このIDを非表示/違反報告)
ギラッフェ(プロフ) - あやなさん、はじめまして。思いの込もったコメントをありがとうございます。こんなにも熱い応援をしてくださる方がいるんだと思うと胸が一杯になります。 銀魂の方も読んでくださってるんですね!本当に嬉しいです。これからも両作共々宜しくお願いします。 (2018年11月30日 17時) (レス) id: b3908f46f3 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:ギラッフェ | 作成日時:2018年8月14日 9時

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