happIness*2-21 ページ21
それから数日、嘘みたいに穏やかに過ごしていた。
黒いノートを開くことはなかったし、
日中思考を妨げるような眠気を感じることもなかった。
.
「、」
.
なんだか調子がよくて、
TVをつけた。夕方のニュース、映像のうしろで
嵐の曲が流れている。あぁ、懐かしいなこの歌。
そう思って、無意識に口ずさむ。
.
「ぁ、」
.
その瞬間、空気が震えた。
喉が音を出すために機能して、
自分の声が、耳に届く。
.
「うそ」
.
それは、とても小さなものだったけど、
間違いなく私の声だった。
何度も「あいうえお」と小さく繰り返して、
気づいたら泣いていた。
.
液晶を操作して、アプリを立ち上げる。
一番に報告したい人はその人しかいなかった。
翔くんとのトークルームをひらいて、メッセージを打ち込む。
.
"今日、何時ぐらいになる？"
"話したいことがあって"
.
声がでるようになったと、ちゃんと自分の声で伝えたかった。
あの朝、私の声が消えた時、
ひどく泣きそうな顔をした彼に、
ちゃんと、自分の声で、伝えたかった。
.
メッセージの返事は、来ない。
もう時計は深夜を指そうとしている。
忙しいのかな、私は彼が今何の仕事をしているのか知らない。
だから想像のしようがない。
.
ベッドに潜り込んで目を閉じる。
その時、端末がメッセージの受信を音を立てて知らせた。
……翔くんだ。
.
"ごめん、今日は帰宅厳しそうです"
"話ってなに？急ぎだった？"
.
帰ってこれないらしい。
ふわふわと浮いていた気持ちが少し落ちたのが自分でも分かる。
.
"仕事？"と送るとすぐに既読がついて返信が来る。
"そうだよ"と言う彼の言葉に、嘘かもしれないと、
心の奥がざわりと音を立てる。
彼は真面目な人だから、こういう時、具体的に示すのだ。
たとえば、収録とか、撮影とか、レコーディングとか、食事会とか。
簡潔に仕事の内容をまとめてこちらに伝えてくる。
.
"わかった、お疲れさま。がんばってね"
.
彼は一体どこで何をしているんだろうと思いながら、
私は端末を伏せて今度こそ目をとじる。
聞き分けの良い恋人を演じることに、もう何の抵抗もない。
.
胸の痛みは気づかない振りをした。
眠ったら、なにもかも忘れてしまうから。
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