happIness*1-47 ページ47
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「…聞いたの、アルバムの話」
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きっと、黒川さんから聞いたんだろう。
帰って来てすぐに、彼は少し低い声でそう言った。
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"きいたよ。コンサートのはなしもきいた"
「ごめん、勝手に」
"どうしてあやまるの?わるいのはわたしなのに"
「Aのいないところで勝手に決めて、いい気しないだろ」
"ううん、だいじょうぶ。ごめんね"
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ペンを走らせる私を、彼はいつもみたいに止めなかった。
ひらがなばかりで書きなぐられるそれを
翔くんはじっと見つめていて、「大丈夫」の言葉に、
そっと顔を上げて、私と目を合わせる。
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だから、笑った。
心の中で転がっている気持ちなんか知らない振りをして、
にこにこ笑って、大丈夫を繰り返す。大丈夫、だいじょうぶ。
呪文のようなそれは私の心の奥の本心を蹴って刺して血まみれにしていく。
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"しょうくんがえらんでくれたミュージカルも、こうばんになった"
「…」
"ごめんね"
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きっとこの話も一緒に聞いて知っていたんだろう、
彼は驚いた素振りも見せず、ただただ黙って私のことを見つめている。
その顔は、やっぱり泣き出しそうで、
そして私は安心させたくて、やっぱり笑う。
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「…なんで謝るの。悪いことなんて一つもしてないのに」
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彼が大きな腕で私のことをぎゅっと抱きしめる。
うん、ごめんね。
だって、声が出ないからさ。全部全部、私のせいだ。
翔くんの仕事が増えたのも、少しずつ帰宅時間が遅くなっているのも、
泣きそうな顔をあなたがするのも。
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全部、全部、わたしのせい。
私の心がきっと弱いから、そしてそれを私がきちんとコントロールできていなかったから、
私の心が悲鳴を上げて、声を出す、そんな誰でもできる単純なことができなくなってしまった。
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いつ、私の声は戻ってくるんだろう。
私がわからないのに、ほかの誰かが分かるはずない。
*
「それではそんな工藤さんの好きな所を櫻井さん」
「あー、俺最近すごい思うんですけど」
「なんでしょう」
「Aの声がすげー好きなんですよね」
「あーでも分かるかも」
「歌ってる時の声の響きがすげー好き」
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数週間前の私が、テレビの中で笑っている。
口を開けば声が出て、未来の今を知らない、過去の私。
頭が真っ白になったのは、それに動揺したからじゃない。
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私の"声"が好きだと言った彼に、動揺した。
だって、今の私は、"声"が、出ない。
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