happIness*1-40 ページ40
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声が出ない。
どんどん、と喉の辺りを拳でたたいて、
大きく息を吸い込んで、叫ぶように息を吐き出すのに、
その空気は声帯を震わせることはなくて、
ただただ無音な空間が続くだけだった。
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1週間で改善の見込み、と言った担当医の顔を思い浮かべる、
…本当に?
だってもう、5日も経っている。
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5日間、私の仕事はリスケされて、
その間、毎日病院に通ってカウンセリングを受けた。
7日間の休みを与えられたのは、「1週間」という
明確な日にちを提示されたからで。
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なのに、出て行った私の声が戻ってくる気配なんてみじんもない。
声が出ない私に、根気強く話しかけてくれる翔くんの言葉に
はくはくと口を動かすことしかできないのが、
とても心苦しくて、すぐにペンを走らせる変な癖がついてしまった。
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「ただいま、」
「、」
「A?…ただいま」
「、…、」
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私の目をじっと覗き込むように見つめる彼に、
私はたまらなくなってすぐそばにあったメモ帳を引き寄せる。
″おかえり″と書こうとペンを握った手を、
そっと掴まれて、それを阻止されてしまう。
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「ちがう、声、聞かせて」
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声なんて、出ないのに。
私の声は、どこかに行ってしまったまま、
戻ってきていないのに。
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お、か、え、り、
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口を動かして、出ない声を出そうとする、
それを見て、翔くんはようやく納得したみたいに、
ただいま、と言った。
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「…なにそれ?」
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彼が指さしたのは
手元に置いてあった大学ノートだった。
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担当医に、カウンセリングの一環だといわれて
毎日日記をつけることになっている。
今日あったこと、その時自分が思ったこと、
淡々と報告するように書き綴られたそれは
果たして何かの役になっているのかと少し疑問ではあった。
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だって、そこには「本心」なんて書かれていないのだ、
上辺だけの何かを書いただけで。
淡々と、何の感情もなく綴られたそれは、
万一リークされても困らない程度のもので、
私はきっと、担当医を他人だと思っていて、ちっとも信用していないんだと思う。
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「へえ、日記」
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日記だと伝えると、ぱちぱちと大きな目で瞬きをした彼が、
ちゃんと書いてて偉いね、と言う。
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そう、ね、偉いでしょう。
偉いのに、声は、まだ、戻ってこないみたい。
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