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過去:両親と姉という、ごくごく普通の四人家族の末っ子として生まれた。穏やかで、祝日のたびにでかけて、家族みんなで団欒を楽しむような。無口な父と、「人のためになりなさい」が口癖の優しい母、少し我の強い姉、おおらかな有楽。自他共に認める仲良し家族。
一つ何かあるとすれば、彼が生まれた時点で両親は60歳近くだったという点くらいか。どうにも両親は長年子宝に恵まれなかったらしく、姉は養子として迎え入れた孤児であり、実際に産んだのは有楽だけだった。知ったときは驚いたが、それに後ろめたさがうまれることはなかった。むしろ有楽は、母と父が早くに亡くなるかもしれないという悲しさに心が折れそうになった。
しかし時の流れは虚しく、学生時代には両親とも介護が必要に。姉やヘルパーさんの手伝いができない代わりに、有楽は足腰が弱くなり家すら歩き回れない両親と会話する役目を担っていた。その日の出来事や何気ない世間話をする日々の中で、母がこんな要望をした。「海が見たいわ」、と。
それ応えるため、有楽は海へと写真を撮りに行った。電車を乗り継ぎ、遠くにある海岸まで行って。一日をかけて撮りに行った写真は、両親から絶賛された。それが嬉しくて、心が沸き上がるような感覚がして、彼は次々に写真を撮ってきては両親に見せ、その話をした。姉にも友達にも見せた。家族写真も撮った。幼い頃にでかけた場所の写真を撮って昔話もした。いつしか写真撮影は趣味になり、両親も楽しみにしてくれた。家のなかに鮮やかな写真がいくつか飾られるようになったのは、言うまでもない。
それから暫くして大学生になり、就職も視野に入る頃。家族のために社会へ出るか、カメラマンになるかを有楽は真剣に悩むようになっていた。寝たきりの父に、独り言のようにそのことを聞く。
「悩むことはないだろう、好きなものを続けなさい。……アイツは人のためと言ってたが、人なら、お前もそうだろう。自分に素直になれないやつは、後悔するぞ」
独り言に、普段は一言二言しか続けない無口な父が、珍しく長く話してくれていた。そのときには母は亡くなっていて、父は度々、寂しそうに母のことを口にするようになっていた。
有楽はありがとうと独り言のまま呟いて、父の部屋から去った。それが有楽と父の最期の会話である。
大学を卒業する前に、家族は姉だけになった。母は病気、父は寿命。両親の遺影として使われたのは、有楽の撮った写真だった。
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作者名：風雪妃月 | 作成日時：2022年1月2日 2時
