第５０話 『知らなかったから』 ページ8
俺は本当に帰りたいと思っているんだろうか……あの世界に……？
ふと浮かんできたそんな思考に戸惑う。毎日朝早くに起き出して危険な迷宮区に潜り、未踏破区域をマッピングしつつ経験値を稼いでいるのは、本当にこのゲームを脱出したいからなのだろうか。
昔はたしかにそうだったはずだ。いつ死ぬとも知れないデスゲームから早く抜け出したかった。しかし、この世界での生き方に慣れてしまった今は＿＿。
『でも、わたしはやっぱり帰りたい』
俺の内心の迷いを見透かすような、歯切れのいい(人１)の言葉が響いた。ハッとして顔を上げる。
(人１)は、いつも俺が見惚れる微笑みを見せると、続けて言った。
『だって、あっちでやりたいこと、見つけたから』
その言葉を、俺は素直に受け止めていた。
キリト「その言い方だと、こっちに来なきゃ見つからなかったとも聞こえるな」
消えない迷いを一緒に飲み下すように、俺はお茶のカップを大きく傾けた。まだまだ最上階は遠い。その時が来てから考えればいいことだ。
珍しく素直な気分で、俺はどう感謝の念を伝えようかと言葉を探しながら(人１)を見つめた。すると、(人１)はこちらを見つめ照れくさそうに、
『そうだよ。こっちに来なきゃ、キリトを知らなかったから』
はにかんだ。ほんの少し、頬を染めながら。
吹き飛んだ。＿＿何が？ 思考が。
その笑みは俺の思考そのものを簡単に吹き飛ばし、表情も体もカチコチと音がなりそうな程に固まってしまった。
『私のやりたいことはね。キリトにあっちで会うこと、なんだよ』
キリト「お、おれ……？」
『そう、君』
キリト「……ええーーー！？」
俺は思い切り体を仰け反らせた。
てっきり、彼女のやりたいことは先程まで食卓に存在していた料理のようなものを、あっちでそのまま再現する、みたいなことかと俺は考えていた。
だがしかし、蓋を開けてみれば俺に会いたいだと。
仰け反った姿勢から口に手を当て、ブツブツと呪文のように出てくる言葉の羅列に、彼女は何を思ったのか。
『……いや？』
眉尻を下げ、不安そうな表情で俺の顔を覗き込んできた。
キリト「そんなわけないだろ！！」
食い気味で即答した。
『そ、そう。それはよかった……』
引かれた。
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作者名：レイ | 作成日時：2016年8月29日 16時
