132 / 道を振り返れば、 ページ37
side N
一度俺の車に戻り、
まだ少し引っ張られている彼と、車内からクリニックを眺めることにした。
いつもの空間になった。
いつも、入らないようにと車から眺める空間。
その空間の中に、ちゃんと言葉があった。
数時間前俺に零せなかった言葉。
俺が拾えなかった言葉。
それを、ちゃんと拾った。
同じ言葉がぐるぐる繰り返されても、全部拾った。
「そんなに…そんなにっ、いつもみたいに、傷ついたわけじゃないのに、ずっと、遺る、」
「うん、」
「優しく、言ってほしかったって、……でも、悪意ないの…、わかってる…っ」
「うん、わかってるもんね」
きっと、答えは無い。
起こったことは変えられないし、
彼が傷ついたことも変えられない。
だから、彼が零せる場所を作る。
何度でも、いつでも。
自分たちの後悔を再燃させないためにも、
俺らはその場所になる。
「っっ、けさない…消さない…っ、」
「うん、消さないね、だからこうやって話してるんだもんね」
何度も頷く。
握るのを服から手に変えてもまだ力の入った手は
必死に耐えている。
「………入らない、消さない、」
「うん、」
「………傷ついたの、だめかな、……小さいこと、傷ついちゃったの、」
「ううん、そんなことないよ。潤くんの感情は自由でいいんだよ。傷ついたことを話せたのも、いいことだよ」
「………大丈夫、」
「うん、大丈夫。潤くんは大丈夫」
いろんな種類の傷を、たくさん宥めなきゃいけないから
だからもういっぱいいっぱいになっちゃうんだろう。
でも、ゆっくり落ち着くことが出来るようになった。
たくさん零して、自分の感情を認めて、
そうすれば、ゆっくり落ち着ける。
ちゃんと前に進んでる。
それは、ちゃんと見える。
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作者名：ヲ伽
| 作成日時：2023年3月16日 17時
