107 / 名残り ページ11
side A
「潤くん、俺仕事であそこまで行けないから、後でね」
車の中の後部座席に居る潤に、開いた窓越しに外からそう話すニノ。
午後からは5人の仕事。そこで会おうと伝えてる。
ありがとう、ごめんね、と
また謝る彼に、困ったように微笑んで仕事へ行った。
「潤、手、」
バレるのが怖いと助手席に座らない彼が
後部座席でまた、手で喉に触れる。
息が詰まる苦しさの感覚は経験がないから共感は出来ないけれど
赤く痕が残ってしまうほどのものは見て見ぬフリは出来ない。
運転しながら手を差し出すと、いつもより強く握られる。
彼も、やめたほうがいいことはわかっている。
「大丈夫、深呼吸だよ」
「ん…っ、ん、」
何度も頷いて、彼が必死に落ち着こうとしている間に
彼がずっと求めていた、クリニックへ着く。
「潤、着いた」
彼がいつも停めていたという場所へ車を停め、
一度手を離して後部座席へ移動する。
隣に座ると、じっとクリニックを見つめる彼。
「………入らない、」
「うん、」
力強く言葉には出来るのに、手は扉の取っ手に触れそうになってる。
その手を離すことを促すように包むと、震える手に握られる。
手は離せても、目は離せない。
「……わかってる、…入らない、……行っても、消えない…っ」
すべてわかってるのに、
離したはずの手が俺の手からすり抜けて取っ手に触れてしまったり
足がもぞもぞと動いてしまったり。
遺ったものは大きい。
苦しさを逃すためのものに依存してしまったことで、逆に苦しさが増えた。
その苦しさもあるんだと思う。
「潤、じゅーん、入らないよ」
「っわ、わかってる…っ」
「うん、わかってるんだよね。ほら、1回こっち向くの。目離してごらん」
依存して、洗脳された人の相手なんてしたことなくて
俺らも手探り状態。
でも病院とかにお願いするのは、まだ避けたくて。
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作者名：ヲ伽
| 作成日時：2023年3月16日 17時
