アゲハ蝶 ページ4
今宵、女は雨に打たれていた。
暗雲垂れ込める空を仰ぎ、まるで泣いている様であった。
雨粒が目に入っても気にはしなかった。
その冷たさが自らを、まるで人の様に感じさせた。
｢──へぇ、随分と警戒心のない鬼がいたもんだ｣
女はびくりと肩を震わせた。
見ると、すぐ横に、背の高い男が立っている。
こんな森の奧に珍しい。木こりかしら。珍しい斧を持っている。いえ、斧ではないわ。二本の刀。
女は、小首を傾げた。
｢何を驚いている。人喰い鬼｣
雨の中、男は女を見下げていた。
｢人喰い……鬼？｣
｢お前だろう。この森で大勢の者が死んでいる｣
｢さぁて、全く、知りませんわ｣
｢しらばっくれるな｣
｢……何を。人も生命を食べるくせに｣
女は苦しげに顔を歪ませた。
女は知っている。
人は、川魚を捕まえた。
人は、山菜を採りに来た。
人は、鹿や熊を銃で撃った。
人は、木を切り倒した。
人は、蛍を捕まえた。
人は──
男から尋常ではない殺気を感じる。
男は刀を両手に持ち、構えた。
濡れた青葉が男の靴に潰される。
なんだい、私を殺せる者などいないと言うのに。
いっそ、一思いに、私を殺せ。
｢貴方。私を殺しに来たの？｣
｢当たり前だ｣
｢そう、当たり前。そう……人に、私が殺せると？｣
｢あぁ、派手に、殺してやる｣
｢そう……｣
男に委ねる様に、女は両手を広げた。
この者ならば、私を殺す事が出来ると。
そんな気がした。
──私は、もう、人を喰わずに済むのだと。
血の雨の中、アゲハ蝶がひらりと舞った。
終わり
ログインすれば
この作者の新作が読める(完全無料)
←空蝉
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 3人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
京堂(プロフ) - あおいさん» を書きました。けれど書き終わってみて、そんな大層な小説は書けていないなぁと悲観していたところ、このような感想がいただけたので、本当に嬉しいのです。あおい様、閲覧、コメント、本当に有難うございました。 (2020年9月7日 19時) (
レス) id: 04989d4d68 (このIDを非表示/違反報告)
京堂(プロフ) - あおいさん» あおい様のコメント読了後の感動を表せる言葉を見つけられません。ウケ狙いではなく、事実です。生への執着、慈しみ、没入感、そのような言葉で、この作品をまとめてくださり、有難うございます。読んだ後に考えさせられるものがある、そんな小説が書きたくて、この小説 (2020年9月7日 19時) (レス) id: 04989d4d68 (このIDを非表示/違反報告)
あおい(プロフ) - 読了後の感動を表せる言葉を見つけられません。主人公の生への執着や生き方を変えて尚残る慈しみを感じました。隊士の正体は明示されていませんが、あの人だなと思えるところがあって素敵です。心情、情景がリアルに想像できて没入感を得られました。本当に素敵でした。 (2020年9月7日 0時) (レス) id: 10abc57e0f (このIDを非表示/違反報告)
京堂(プロフ) - ★さん» 読める全作を読んでいただいたなんて、本当に恐縮な話です。なんて良い方なんでしょう。言葉では伝えきれず、申し訳ないです。★様が仰るようなことを思っていただける小説が、自分でも自信を持って創作できるように、精進していきます。本当に有難うございました。 (2020年9月6日 20時) (レス) id: 04989d4d68 (このIDを非表示/違反報告)
京堂(プロフ) - ★さん» ★様……。とっても、今すっごく嬉しいんです。これこそ、語彙力がなくて伝えられないのが、悲しいくらいです。私は、読み終わった後、読者様に、★様が仰ったような、そのようなことを思っていただける小説を書きたく思っているんです。 (2020年9月6日 20時) (レス) id: 04989d4d68 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：京堂 | 作成日時：2020年8月22日 21時
