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「んじゃ、明日は午後からだから昼ぐらいに迎えに来るわ」
きっさんが黒いスケジュール帳を確認しながら言った。
「ん、ありがと。お疲れ」
俺が車を降りると、きっさんはすぐ帰ってしまう。
いつからだっけ。
ミラー越しにきっさんと目が合わなくなったのは。
「おかえり」
玄関を開けるとキッチンから顔を覗かせて俺を出迎えてくれる、その人。
「ただいま」
渡した合鍵を使って、毎日ご飯を作りにきてくれるその人は、綺麗で、可愛くて、器用で、世間では有名な女優さん。
「今日はね、ハンバーグ作ってみたの。廉くん食べたいって言ってたでしょ？」
「ありがと。めっちゃええ匂いやん」
でしょー。今日はすごく上手くできたの。なんて愛らしく微笑むその人は俺の——。
数ヶ月前。
全てを失った俺に、抵抗する気はなかった。
『初めまして。永瀬廉です』
事務所の偉い人同伴のお見合いで、その人は俺の目を見て言った。
『私、永瀬さんのことが好きです』
こんなにまっすぐに伝える人、おるんやって少し驚いた。
でも、だからこそ、この人ならいいかなって思った。
何度目かのデートで俺はその人の目を見て言った。
『俺と、正式に付き合ってください』
「ねぇ廉くん、今日泊まって行っていい？」
「そっか。明日こっちのが現場に近いんだっけ？」
「そー。いいでしょ？その方が長く一緒にいられるし」
小さく首を傾げるその人に、ええよと微笑めば、今度はガバッと抱きついて、俺の頬に小さくキスを落としてお風呂に走って行った。
その人が上がる前にと、布団をリビングに2枚広げる。
寝室は、使いたくなかった。
「あれ？今日もお布団ひいたの？」
「寝室、掃除してないから。ごめんな」
嘘。掃除は一度だけしていた。
でもその人とは使いたくなくて、変な嘘をついたままだ。
それに、あそこには、
「あ、それなら私しておいたよ。寝室の掃除」
え？
「ほら、廉くん忙しいから。私気にしないのに掃除できてないからって言ってくれるでしょ？だから掃除しておいたから、寝室で寝れるよ？」
「そ、っか。ありがと、助かるわー」
ハハ、なんて乾いた声。
「あ、そういえば掃除してたらなんかクローゼットの奥から段ボール出てきだんだけど、あれって」
「お、幼馴染の忘れてったやつとか、その他諸々。返そうって思って忘れてたんよ」
「そっか。あ、私返しておこうか？ほら、廉くん忙しいし」
「ええから、気にせんで？あ、俺も風呂入ってくるわ」
俺は、何をしているんだろうか。
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作者名：むぎ | 作成日時：2024年2月24日 17時
