だから、生きて。 (ページ20)

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『翔馬の家って、親厳しいの？』

「いや、別に厳しくないと思うよ。どちらかといえば甘いんじゃない？」

『貧乏？』

貧乏なら翔馬がお金を持っていないこともアイスを食べたことがないことも辻褄が合う

「んー？むしろ裕福なほうじゃないかな」

あっけらかんと翔馬が答える

『いやいや、じゃあなんでお金持ってないの？』

「まあお金持ってるのは親だしなあ。俺何も持ってないの。それに今回ばかりは親も手を貸してくれそうになかった。」

翔馬は困ったように笑った。

「俺ね、本当に何も持ってないの。何も持ってないし何も知らない。だからAがいないとダメなの。俺はひとりじゃ何もできない」

太陽はもう3分の2が地平線に隠れていた。もうすぐ日が暮れる。

『まあそうだよね。翔馬がここにいるのって私のおかげだよね』

「うん、そうだね」

『翔馬は何もしないくせに私には無茶言って。私自分がこんなに優しいなんて思わなかったよ』

「うん、Aは本当にいい人だと思うよ」

翔馬が何も持っていないことも何も知らないことも、全てとっくにわかっていた。

真夏に似合わないカーディガン、冷たい手、白い肌、そして常識ハズレの思考、無謀な思いつき、高校生にしてはあまりにも純粋すぎる感情。

明らかにおかしいとわかっていた。でもそのわけはまだ知らない。

気にならないといえば嘘になるけど、私から聞くつもりは無い。正確に言えば聞く勇気がない。

『でもさ、この短い間で知れたこと、少しはあるでしょ？』

翔馬がきょとんとした顔で私を見る

『海が遠いこと。夏が暑いこと。アイスが美味しいこと。それから....』

指折り数えて呟くと、翔馬は柔らかく笑ってこう言った

「坂が大変なことは？」

『それもあるね』

「あとAはよく怒る」

『それは無い』

翔馬は笑いながら、アイスの最後の一口を齧った。

「ものを知ることって、こんなに楽しいんだね」

例えば、翔馬がもしただ海に遊びに行きたいだけの普通の人だったら、私は付き合いはしなかっただろう。

翔馬の言葉に耳を貸すことも、ましてや差し伸べられた手に自分の手を重ねることもきっとなくて、私はとっくに飛び降りて死んでいた。

それなのにこうして今、私が翔馬と一緒に無謀な旅をしている理由は、本当は私自身もよく分かっていないのだけれど、ただ翔馬があまりにも必死に、ただ必死に海を目指しているからなのかな、って思う。