はじまり 5 ページ6
茂原妙は、多才ではなかった。
多才ではないものの、言われたことをこなす最低限の能力は備わっており、それ故に天才の雑務をこなすことで、誰かに尽くすことでその生を閉じようとしていた。
その手の甲に令呪が刻まれてからも、対象に変更がある以外は変わりのない筈だった。
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。
四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。
繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」
「―――告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
「誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。
汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――!」
茂原は全てをマニュアル通りに進め、何があろうとも気にしないようにと努める。
「我は、アサシン。そして問おう。汝は教団に連なる者なりや?」
アサシンは見極めるような目をし、ただ死んだ瞳で茂原を見つめる。
茂原は教団と信仰―それもクトゥルフ神話には無縁の存在だった。
「…は、い?」
神話に関してあまりにも無知であり蒙昧であり、それ故に誤りきった答えを出してしまった。
「…汝は、汝は混沌からなすクトゥルフか。心得た。混沌、即ち其は」
黄衣に隠れた顔から二つの赤い光が見える。
茂原は自らの選択したことに間違いないと安堵し、そしてアサシンを見た。
「我が敵なるもの」
安堵というのは油断に通じ、希望があるからには絶望に塗り潰されるのも当たり前の事実。
「…ぁ、いや、やだぁぁ…!」
次の瞬間にアサシンの布の下から"なにか"が伸びる。
気持ちの悪く耳障りな音ともに、茂原は死んでいった。
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作者名:菫青 | 作成日時:2019年8月26日 22時