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崩れ落ちた火蓋 7 ページ29

「父さん、これは?」

「自己啓発本だな。意外か?」

「別に。父さんには必要なんじゃないの?僕は要ると思わないけど」

黒が広がった空間に少年期の俺と父親の声が響く。

咄嗟とは言え淡い希望を抱いたことを後悔
し、目を開ける。

と同時に俺は覚めるまで見届けないといけないのかと落胆する。

「じゃあこれは?」

「あいつとのペアで買ったピアスだな。要らねぇしお前持っとくか?」

今俺がつけている黒いピアスを受け取った光景であり、不思議とこれはよく覚えていた。

「一応もらっとく」

「そうかい。手放せて満足だよ」

父親からピアスをもらったのは覚えている。
覚えているが、その低く少々枯れた声が当時の俺はかなり嫌いだった。

嫌いなものであり、完全に記憶から抹消したものだった。

自分の襟元を眺め、もう一度視線を戻す。
視線の先は虚無であり、もうその光景を客観的に見ることはなくなったと安堵し、そして理解しがたい後悔もある。

「母さん、死んじゃったな。僕、もう一人だな。遺品整理したくないな」

脳内に自分としか思えないような最低な発言が聞こえ、ふと後ろを向くと平服を着てダンボールにものをまとめている俺がいた。

母親の死因はたしか事故死だった。

要領の悪いくせに人より多く仕事を引き受け、そして絶えない疲労による睡魔から居眠り運転、そしておじゃん。

多目の遺産と事故の負債を残して去った母に終始無関心だったのは確かに記憶にある。

「これ、父さんのと同じやつだ。そういや父さんと母さん…俺がつけようかな」

少々劣化は見られるものの形は保っていた箱に乱雑に入っており、ピアスを父とするなら憎しみもなく無関係な人間から貰った代物だと思った方が幸せだった。

俺は自分のしている光景を見つめ、ただただ普通だと思って見ているし、今も異常さは感じとれない。

なにもかわりなく、やや変なだけの青年なのだと。

次にはもう何もなく真っ白な世界が続き、空っぽな空間に取り残される。

俺は出来るだけなにも考えないようにしながら横になり、夢の中で眠るという妙な行動をとることにした。

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作者名:菫青 | 作成日時:2019年8月26日 22時

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