story29☆ ページ31
「おい、アリシア。ちょっといいか」
人の活気がなくなり細い獣道へと入っていったころ、ヴィトルは突然立ち止まって言った。
「もう、いきなり止まらないでよ、危ないなぁ」
「ごめん」
振り向いた顔は真剣で、とてもふざけているようには見えなかった。
「何か···あったの?」
「お前は···優しいやつだ」
「急にどうしたのよ」
「こんなこと聞いちゃいけないのはわかってる。どうしても答えたくなければ黙っていてもいい。ただ、確認だけさせてくれ。
お前は···生き物を自分の手で殺したことがあるか?いや、殺せるか?」
頭の中が真っ白になった。
かと思うと、白いキャンバスに、あのときの情景がべったりと染みだしてきた。
血まみれで倒れた兵士。
捕虜となった母。
叫び声と、矢の飛ぶ音。
それから、からん、と場違いに音をたてて滑り落ちた剣。
そして今、私の右手には再び剣が握りしめられている。
汗がじわりとにじんだ。
「···きない、できなかった。でも、かわりたい。このままじゃだめだってわかったから」
「おう!やっぱりな、そう言うと思ったぜ!じゃあさっそくだが、行くぞ!あそこだ!来い、アリシア!!」
え···?
驚いて顔をあげると、いつの間にかヴィトルは草むらの中にいた。
その先を見ると···かすかにだが、草の揺れる気配がした。
「おい、ぼーっとしてんじゃねぇよ、はやく、あっちだ!」
木の間を駆け抜けてまわりこむと、ちょうど目の前でがさがさと音がした。
「ここだ!」
勢いよく剣を振り下ろす。わずかに手応えがあったが、見るとただ土に刺さっているだけだった。
「ちっ、逃がしたか···。
だいたい、お前は動きが鈍い。俺に言われる前に動かねぇと。俺が叫んだらその声でやつらに気づかれちまうだろ。
···まぁ、はじめてにしては上出来だったが」
「ご、ごめんなさい···。
でも、だって、突然だったから!」
「はいはい、だからはじめてにしては上手かったって」
「ばかにして···」
あはは、と笑いが重なった。
心にかかった黒いもやも消えていた。
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作者名:セレーナ・ラフィーネ&しろーん x他1人 | 作成日時:2018年2月15日 15時