「命を懸けて」と書いたけど_1 ページ7
そうした後、彼女は無邪気に「ほら、ほーら」と急かす。刃先が赤いカッターナイフを片手に。彼女なら、刀身が真っ赤に染まるくらいのことは平気でやってのけるだろう。――だって、鈴原美織を私はそういう女だと思っているから! こんな者を生み出してしまった私――特に二千字で放り投げた過去の私を、ぶん殴ってやりたくなる。
そしていよいよ本格的に左手が痛くなってきた。ぴりぴりとした、紙で手を切ったときのをひどくした、みたいな。それでもって──一瞬だけ傷口を見る。
やっぱり。未だかつて見たことの無い出血量。とにかく制服と、あと性質で本は汚しちゃいけないと左手を遠ざける。
書け、と彼女は言った。私と彼が幸せになれる結末を。そして書かなくばーーということらしい。
だったらやるべきことは一つ。現実味がないとかあるとかまでは気が回らなかった。冷静な判断なんてできっこない。ーー目の前に刃物があるのだ。私は一般家庭でぬくぬくと育った一般高校生。修羅場なんて縁遠すぎる言葉なのだ。
こんな時に、「作者」がやるべきことなんて一つ。
「書く。書きます。だから、どうか、そのカッターナイフをしまってもらえませんか……?」
馬鹿みたいに震えた、馬鹿みたいな発言。
いいよ書くよ、何だって書いてやる。この際ご都合主義でもクソ展開でもどうでもいい。とりあえず、彼女と彼が幸せになる結末にまで漕ぎ着ければいいのだ。
だって書かなきゃ痛いんだ。下手すれば死ぬかもしれない。
そう。死。死だ。不可逆的で絶対的な。物語やゲームとは違って、現実では死んだらそこでおしまい。蘇生薬も願いをかなえる便利グッズもない。そうならなくとも、怪我をしても魔法や薬草で一瞬に、なんてことにはならない。縫うなり薬を塗るなりしないといけなくて、しかもそれには時間がかかる。
明後日には好きなドラマの最新話が放送されて、再来週には追ってるシリーズの新刊がでる。そんな中で、死ぬ、なんて絶対嫌だ。怪我も困る。これでも受験生だから、悠長にしている暇はないのだ。
その点、創作なんか趣味の一つだ。小説家になりたいわけではないので、将来にかかわるなんてことはない。もちろん、プライドがないわけじゃないけど、身の危険に比べると吹けば飛ぶような、ナリだけ大きくて小さなプライド。
命なんか、「書く」にかけられるものか。私は、そこで貫けるほどの意思など持っていない。
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