傍線部A_2 ページ3
そう、私は紙上であればいくらでも他人の感情が分かるのに、現実ではちっともわからないのだ。共感能力の欠如とかそういうのではない。単純に、人が出来て当たり前の事が出来ない駄目人間。それだけである。
ふと時計を見ると、もう着席まで十分前になっていた。こんなこと考えている暇はない、とようやく私は歴史の教科書を開き、蘭学者の名前を覚えるのに専念した。
*
自己採点の後にひとしきり友人と雑談をして、少し自習をしてから出た外はもう暗かった。自転車に乗る前に、スマホで小説投稿サイトにアクセスする。つい先日完結させた小説は、コメントこそ届いていないものの高評価が少しだけ増えていた。やっぱり私の小説は上手いんだ、と英語の自己採点でズタズタになっていた自尊心が少し回復する。
ちょうど二年前の夏、初めて手に入れたスマホに慣れてきた頃に始めたこのサイト。最初はなかなかアクセス数が増えないことにモヤモヤして、作品を書き始めては消し、書き始めては消しとしていたか。
ただ、「受験期前にこの妄想癖をどうにかしなくては」と妄想の内容を小説にまとめて、それを単純に置くように、落ち着いて創作するようにしたら、不思議とアクセス数、評価数は増えるようになっていた。こうなると続きを書きたくなるが、それで勉強が疎かになっては本末転倒。とりあえず合格が決まるまで、とブラウザアプリを消し、リュックの中ポケットへスマホを戻す。そのまま自転車の鍵を開け、スタンドを蹴る──と、自転車を後退させた時に、後輪が何かに当たった感触がした。
反射的にすみません、と謝る。すると、シャツ越しに薄くて硬くて脆そうな、不思議な感触を感じた。嫌なその感じに、背中の辺りからぶわっと汗が噴き出す。
「こんばんは、夏穂先輩。こんな時間まで受験勉強ですか? やっぱり受験生って大変なんですね」
鈴を転がすような、可愛らしい声が後ろからした。
夏穂?
見慣れてはいるが、耳慣れてはいない名前に戸惑う。
夏穂、というのは私のペンネームみたいなものだ。さっき開いていたサイトで使っている名前。けれど私はリアルの友人には、ネットで小説を公開していることどころか、えげつない妄想癖があることすら明かしていない。
え、知られてんの? 不味すぎない? 明日行ったら自作小説が音読されたりすんの? 現実味のない想像がぐるぐると頭の中でエスカレートする。
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