経験 ページ6
「意味なかったな、って思う?」
涙を流したまま、勇征は私に聞いた。
「俺はね。自分の人生に、意味がないことってないと思う。こんな経験意味ないだろ、って時々思いながら生きてきたけど、意味ないことなんて一つもないんだよ。
どんなに苦しい経験も、その後生きてくる」
その言葉を聞いて、私もなぜか泣けてきた。
今日で。勇征とは、本当にお別れということなのだろうか。
「こんな終わりになるってわかってたら、Aと恋愛しない方がマシだった、って思いたくなる。
けど、違うんだよ。
この瞬間味わったこの気持ちは、
きっと無駄じゃないんだ」
その一言で、私は涙をこぼした。
走馬灯のように、勇征との日々が甦った。
その時、外から私の好きなバンドの歌が聞こえてきた。
この大学の変わった伝統だが、バンドサークルの後輩が先輩の卒業を祝して、歌を披露することがあった。
その音楽を聞いて、勇征は笑った。
「スピッツだね」
「………曲名は?言ってみて」
「……"魔法のコトバ"でしょ。腐るほど聞いたよ」
泣きながら笑う勇征は、今までで一番素直な表情をしていた。
あの時私に気を遣って異動を告白できなかった彼は、今どんな気持ちなのだろう。
「Aが好きだったもんね。そのせいで、俺こればっかり一時期聞いたんだから」
「何それ………全然知らないし」
そう泣いて答える私を、勇征は優しく、抱き寄せた。
「本当にごめん。
あの時言わなかった俺が、この最後を招いてると思う。
Aは、何も悪くない。
Aの中で答えが出てるなら、
もう、会うことはないね」
長年の付き合いで、初めての抱擁だった。
そこから友情だけを感じ取ることしかできなくなった私は、
一歩前に進んだと言って、良いのだろうか。
「Aの中で、何が決め手だったのかだけ。聞いてもいい」
「……水族館かな」
「やっぱ。そうか笑」
「……私は結局、理想の勇征を追い求めてただけだった。
あの時。一緒に過ごすの、他に楽しい人がいるなって。思っちゃった」
そこまで聞いた勇征は体を離して、笑った。
「その人。俺が知ってる人?」
「………え?」
答えに戸惑っていると、勇征はポケットに手を入れた。
「A。今まで、ありがとう」
そう言いながら、スマホを取り出した。
場面にそぐわない行動に言葉が出ずにいると、そのまま誰かに電話をかけた。
その時、
後ろから、着信音がした。
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作者名:ゆい | 作成日時:2024年3月4日 17時