盲目 ページ5
「いや………それはどうなんですかね」
すぐに容認できるような"提案"ではなかった。
コーヒーを飲みながら渋い反応をする俺を前に、八木さんは続けた。
「大丈夫です。俺が言うんですから」
「いやぁ、今更説得力ないなぁ笑」
「付き合いが長い俺が言うんですよ。どうですか」
一理はあった。大学時代という、一時代をAと過ごした彼が言うのだ。本当にそうなのかもしれない。しかし、そう思うきっかけがわからないし、何より俺自身に自信がなかった。
いつもはそこまで進むはずのない3本目のタバコに火をつけながら、言った。
「こんなこと聞いたら面倒ですけど、根拠はなんですか笑」
笑いながらそう聞いた俺に、彼は答えた。
「根拠も何も。そうでしょう。分かりませんか」
「分からないですね」
「中島さん。恋愛相談、あまり人にしないタイプですか」
「言われてみると……しないですね。自分の感覚に頼るタイプかも」
それを聞くと、彼は笑った。俺と同じように持っていたタバコの灰を、長い指で落としながら言う。
「恋愛は、客観が大事なんですよ。
主観が重要だと思われがちですが、案外周りの方が理解している場合が多い。
恋は盲目、というのは、御法度なんです。
盲目になったら、終わりなんですよ」
芯を食われた台詞だった。
中学も高校も、確かに自分の気持ちを信じすぎていたのかもしれない。
もう冷めてきているコーヒーをゆっくり飲んで、続けた。
「俺にはそれが足りなかったと、今になって思います。
大学生ならではの、酒を絡めた恋愛や、駆け引きを楽しむ恋愛が多くあったあの中で、俺は自分を信じすぎた。
背中を押してくれる人間も、一歩引いてくれる人間もいなかった。
あの恋愛に、成功も失敗もない。
ぬるま湯に浸かってると、痛い目に遭いますよ」
さっきとは打って変わって、きついほど説得力のあるものだった。
それと同時に、俺は彼に対して、当然の疑問を覚えた。
「八木さんは、それでいいんですか。
………幸せになれますか」
そう真顔で聞く俺に、いつもの笑顔を浮かべて言った。
「一番最初に中島さんと仕事でお会いした時。
嫌な予感がしたんですよ。
敵に回したら、まずいな、って」
なんですかそれ、と苦笑いして下を向くと、優しい声で続けた。
「中島さんだから。いいかな、と思える。
最高のライバルでした。
卒業式の日で。お会いするのは、最後にしましょう」
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作者名:ゆい | 作成日時:2024年3月4日 17時