静寂 ページ4
私は、席に座ってあの頃を思い出していた。
学生がぎゅうぎゅう詰めで騒がしかったあの教室が、こんなにも広かったなんて。
席を立ち、教卓の方へ歩いた。
勇征はそのまま、座って真っ直ぐ私を見ていた。
今日。勇征に伝えようとしたことが、ある。
「あの日バス停で会ってから、もうずっと勇征のこと考えてたの」
「……うん」
「元カレもちゃんといた。真剣な恋愛もした。でも勇征を忘れられなかった。それくらい大きな存在だった」
「……」
少し開かれた窓から、学生の声と風が舞い込んでくる。春の匂いだ。
勇征と、何度同じ季節を一緒に過ごしただろう。
彼は、穏やかな顔でずっと黙っていた。
「でも私は、思い出が好きなだけだった」
長く、間が空いた。大教室が、静寂に包まれた。
それが、まだ私の話を聞いてくれる合図だと認識した私は、続けた。
「再会って、運命的だなっていう憧れはあった。漫画みたいでさ。
でも実際は、違った。
"あの頃"に囚われて、何も前に進めない。
LINEしてても、2人で遊んでも、遠くから姿を見つけても。
この感じが好きだったな、で終わる。
勇征変わってないな。あの頃と同じだ。って。
あの頃、ほんとに好きだったな。って」
飲み会の後介抱してくれた、あの頃。2人きりで遊んだ、あの頃。
全て、思い出だった。
そこまで話して黙った私を見て、勇征は立ち上がった。そのまま机に腰掛けて、口を開いた。
「もしもう一度会えたら、今度こそは、告白して付き合って、幸せにしたい。卒業式の時みたいな最低な記憶を、消し去りたい。
そう思ってたけど、そんなの、独りよがりな俺のエゴだった。自己満足だった。
Aは、俺と付き合うために、生きてるわけじゃないよな」
そう言って、窓に寄り掛かった。
太陽の光に照らされた黒いスーツが、綺麗だった。
その光のせいで、表情はよく見えない。
「終電逃しそうになったクリスマス。Aを見つけた時は、奇跡かと思ったよ。でも、充電が切れて電話ができなかった。
今思えば、あれが俺たちを表してたのかな、と思うよ」
初めて聞く話に驚いて聞き返そうとした私を、勇征は首を振って制した。
そしてゆっくりとこちらに歩いてきて、私の前に立って言った。
勇征の片目からは、一筋の涙がこぼれていた。
「Aなら、はっきり言うと思ってたよ。
そこが好きだった。
……全部、分かってたよ」
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作者名:ゆい | 作成日時:2024年3月4日 17時