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それから数週間後、いつも通りあの部屋へと足を踏み入れ
『(__匡近…、)』
変わり果てた彼の亡骸を静かに眺める。
匡近は私が心から慕う、数少ない人間の一人で
そんな彼の死は…受け入れ難く、悲しかった。
本当はその場で声を上げて、泣きたい気持ちで一杯だった。
けれど、それ以上に
『…すまねェ、』
背後で私に頭を下げる、奴の存在が腹立たしくて仕方なかった。
私が匡近を思うように…アイツもまた、匡近を大事に思っていた筈だというのに
『(気でも…遣ってるつもりか…?)』
その余計な気遣いに苛立ちを覚えると同時に、
下弦の鬼を倒して、これから柱になる男が…この有り様である事に
『(随分と…惨めだな、)』
酷く呆れ返りながらも、そこで抱いた感情は全て呑み
『風柱…就任、おめでとう御座います。___』
取り繕った言葉と笑顔を、目の前のアイツに投げ掛けた。
アイツからすれば…私の言動は、皮肉でしか捉えられないと思うが
あの言葉と笑顔には、それ以上の意味がある。
…けど、アイツはきっとそれには気付かない。
勝手に罪悪感でも抱えて、乱されてればいい。
私はもう、『不死川実弥』…お前という存在に苦しめられたりはしない。
揺るぎない決意を抱き、その場を後にしたというのに
___その日の空は、雲一つない快晴だった。
草木の揺れる音、実り始めた花の蕾
緩やかな風が春の訪れを運び、心地よいものが溢れかえる中で
『…匡近…ッ、…』
彼の墓の前で顔を伏せ、地を濡らすアイツの姿は不快でしかなかった。
此処を離れる前に、匡近と話がしたかったというのに
『(胸クソ悪いもの見せやがって…、)』
アイツのせいでそんな気も失せてしまい、
途中買った花を供える事なく、その場を立ち去った。
その後は、顔見知りの隊士に紹介してもらった、育手の下へと向かう為
アオイが持たせてくれたおにぎりを片手に、何処までも続く先の見えない道を歩き続ける。
道中、空は曇る事などなく晴れ渡っていたものの
地面にはポタポタと雫が数滴落ち、
『(傘…持ってくればよかった。)』
そんな事を思いながら、おにぎりを一口頬張り
『…塩っぱい、』
もし、この先…また蝶屋敷に足を踏み入れる機会があった時には
真っ先にアオイに文句を言いに行こうと、そう思った。
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作者名:雫 | 作成日時:2023年9月18日 10時