43 ページ43
私は彼女の歪な音には気付いていた。
気付いた上で、その手を取り
あの男に一生囚われるよりは…彼女に殺される方がマシだと、そう思った。
そう思ったのも束の間、…辺りに銃声が鳴り響いたかと思うと
首を絞めていた女中の力は緩むと同時に、彼女は血を流してその場に倒れ込んだ。
顔を上げると、そこにはあの男がいて
『美琴、怖かっただろう…もう大丈夫、さあ一緒に戻ろうか。』
そう言って、手を差し出すあの男からは
相変わらず…人とは思えない、残酷な音がしたが
私はもう何も考える事なく、あの男の手を取った。
…決して、従順になった訳ではない。
私はあの日、人間に…音に、深く失望したと同時に
憎悪から移り変わる、ある音の存在に気づき始めていた。
そして、あの男と契りを交わす日の前夜。
襖の隙間から漏れる…淡い月の光を眺めながら
私は、ふと思った。
『(此処にいる奴等…全員、殺そう。)』
あの男をはじめとする、耳障りな人間を全て殺せば
私は自由の身になる事ができ、あの惨い音も聞かなくて済む。
屋敷から包丁を盗み出し、あの男の自室へと向かい
静かに眠る奴の喉元に、刃を突き立てようとしたその時
寸前の所で手を止め、ある違和感に気がつく。
『(息を…していない…。)』
あの男は私が手を下す前に…既に死んでいた。
布団を捲ると、あの男の身体には無数の傷跡があり
それはただの刺し傷ではなく、何か…獣のようなものに引き裂かれたような___
そんな事を思っていると、突如屋敷の中から悲鳴が聞こえ
声のした方へと向かうと、辺りは既に血の海で
そこに立っていたのは、醜く…忌々しい鬼の姿。
鬼は鋭い眼光で私を捉え、妖しい笑みを浮かべながら
『今日は…いい夜だなァ、次々とご馳走が出てきやがる…』
本当に、今日は…いい夜だ。
私を苦しめたあの男は死んだ。親族も女中も、皆死んだ。
けれど、私の気持ちはどうしても晴れなくて
鬼を目の前にし、死が迫っているからだろうか。
醜い鬼の姿とその音に、恐怖を感じているからだろうか。
いや…そんな感情は微塵も抱いていない。
私が今、感じているのは
『(私が…コイツら、殺す筈だったのに…。)』
鬼より先に手を下せなかった後悔と、
『(まァいい…嫌な音がする奴は、全て殺そう。__)』
積もりに積もった、高鳴る殺意の音だった。
82人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:雫 | 作成日時:2023年7月19日 18時