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止血をしたものの、右足はかなり重症で
ほんの少し動くだけでも、突き刺すような痛みが全身を駆け巡る。
「(そういえば…鎹鴉の姿がないな…増援でも呼びに行ったか…?)」
そして、今更ながら鎹鴉がいない事に気づき
増援を呼びに行ったとすれば…二体のうち一体は『上弦』である事から、柱一人は確実に来るだろう。
今、動くよりも…その増援を待って、共に戦う方が賢い選択ではあるが
「(皆…まだ、私より若い。なるべく、死人は出したくないな…。)」
柱の大半は私より若く、これから大いに伸び代がある。
若い芽を摘むよりだったら…自分の命を持ってしてでも、あの二体の鬼は私が仕留めたい。
「(とは言っても…動けるか、これ…。幸い、左足は生きているが…、刀を握る利き腕と…右足の負傷は痛いな…。)」
そんな事を思いながら、先ほど側に置いた煙草の箱へと目を向け
残りの一本を取り出し、口へと咥えようとしたその時。
ふと…頭の中に、ある考えがよぎり
咥える直前、煙草を持つその手を止める。
「(さっきまで…耳が聴こえないのは…不利だと、思っていたが……案外、そうでもないかもな。)」
そんな事を思うと同時に、煙草を持った手を下ろし
死んだアイツ…颯斗に、最期に言われた言葉を思い出す。
「(『自分を見失うな』、君は…そう言ったな。)」
颯斗、私は…君にはとても感謝している。
かつて、音に囚われていた私を…救ってくれたのが君だった。
君の死後も、君がよく吸っていた…煙草の煙を纏う事によって、私は自分を見失わずに済んだ。
君が残してくれた言葉を…何とか守りたかったが、
「(私は…今日で死ぬかもしれない…、だから…見逃してはくれないか。)」
死んだら…向こうで好きなだけ罵倒してくれて構わない。
戦友だった君に、縁を切ると言われても…仕方がない。
「(もう、君に縋るのは…辞めるか。___)」
未使用の煙草を放り捨て、刀を地面へと突き刺し
痛みに耐え、ゆっくりとその場に立ち上がる。
その際に、遠い昔に…アイツと交わした約束を思い出し
「(そういえば君は…あの日の『約束』を、守ってくれなかったよな…。)」
「(そうであれば…責められる筋合いはないか、___)」
そんな事を思いながら、鬼の気配がする方へと歩みを進め
力強く自身の剣を握りながら、戦場で散る…その覚悟を決めた。
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作者名:雫 | 作成日時:2023年7月19日 18時