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アイツは俺のそんな思いを知る由もなく、
「…手入れ、まだ終わらないのか。手際悪いんじゃないのか、お前。」
不満気な表情を浮かべ、まるで構って欲しい子供のようにして、羽織の裾をぐいぐいと引っ張ってくる。
「もう少しで終わるからよォ、…終わったら構ってやるから待ってろォ」
そう告げると、アイツはじとっとした目を俺に向けて
「……なんでそうなる…、構って欲しいだなんて言ってない。」
そうは言いつつも、羽織から手を離す様子もなければ、俺の側から離れる様子もない。
…当初のアイツに比べたら、随分と分かりやすい性格になったと、改めて実感する。
俺に対しては…割と心を開いてくれているような…、そんな風に思っていたのも束の間、
廊下からドタバタと騒がしい足音が聞こえてきたかと思うと、襖が勢いよく開き、部屋に響くは甲高い女の声。
「一華ちゃん!!聞いて聞いて、伊黒さんがねっ…伊黒さんが…!!」
「(甘露寺ィ…相変わらず、うるせェ奴だなァ…、…。)」
…というか、宇髄といい…甘露寺といい…何故コイツらは勝手に人の屋敷に上がってくるのか。
注意しようと口を開きかけたその時。
不意に羽織を引かれていた感覚がなくなったかと思うと
「蜜璃、…どうした?」
アイツは甘露寺のもとへと駆け寄り、騒ぎ立てる甘露寺を、宥めるようにして落ち着かせる。
俺はその光景を目にしながら、
「(いつの間に…そんなに仲良くなってたんだなァ…,…。)」
そんな事を思っていると、甘露寺がアイツの手を取って、俺に目を向け
「不死川さん!!一華ちゃん、借りるわねっ!!____」
勢いよくそう言い放って、アイツと共にその場を去っていった。
「(何しに来たんだァ…、アイツはァ……それにしても、…___)」
以前のアイツであれば、俺に触られる事は勿論、胡蝶や宇髄…他の奴との接触も拒否していたくらいだったのに、
先程のアイツの様子をみると、嫌がる素振りは全くなく…むしろ、甘露寺に手を引かれ、嬉しそうに見えた。
その変化が喜ばしい反面、何処か寂しくもあり
「(……本当…、やってらんねェよなァ…____)」
アイツが実力的にも、精神的にも成長して
自ら俺の手を離して来る日を待とう、…当初はそう思っていた筈なのに
いつの間にか、掴んだアイツの手を…誰よりも離し難くなってしまった。
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作者名:雫 | 作成日時:2023年6月25日 9時