09.ジントニック ページ9
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「大野さん」
智「あ、Aちゃん。」
多くの人で賑わう駅前。金曜日の夜。
仕事帰りだからか、スーツを着たままの大野さんが私を見つけてひらひらと手を振る。
気晴らしに飲みにでもいこうか。
そう誘ってくれたのは大野さんの方からだった。
翔が死んだことを告げられて以来
誰かと仕事以外で会う気分になれない私は、相変わらず大野さんからの誘いにだけは乗る。
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少しだけ歩いて2人で入ったのは家からすぐのところにあるチェーンの居酒屋。
あえて個室の席を選ばなかったのはガヤガヤした雰囲気が寂しさを紛らわせてくれるから。
智「ここ。前に翔ちゃんときたことあるんだ」
大野さんがぐいっと今頼んだばかりの生ビールを飲む。
翔の話題を振るべきか悩んでいたのに大野さんの方から振ってくるなんて…。
「そうなんですね…」
智「翔ちゃん酔いすぎちゃって。俺もまあベロベロでさ。…なつかしいな」
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______ まだ翔くんにバイバイ言えてねえから、泣いたり出来ないのよ俺。
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そう呟いていた彼が。悲しそうに目を細める。
悲しい雰囲気に飲み込まれてしまいそうだった私もジントニックをぐいっと飲む。
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オーダーを聞く店員さんの声。
キッチンから聞こえるお皿を重ねる音。
どこかから聞こえてくる大学生のコール。
周りの音が、やたら騒がしく感じる。
全てが憎いと思った。全てを恨んでしまいたかった。
深い深い海の底に沈んでしまった翔と共に
私も沈んでしまえばどれほど楽だろうって
そんなことばかり考えていた。
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「………翔が、本当は死んですらいないんじゃないかって…」
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口の中に残ったアルコールの味に、あ…泣いてしまいそうだ、と思う。
視界が、世界が、歪む。
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「二宮さんが、そんなことを言っていたんです」
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私との約束を一度も破ったことがない翔。
いつまでも海の底から見つからない翔。
靴も時計も手紙の字も。たしかに翔のものだったけれど、それでも私は…
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智「そんなはずないでしょ」
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......カチ、と。音が聞こえたのと同時に
大野さんの声が聞こえてきて、顔を上げた。
煙草についたオレンジの火が、眩しい。
ゆっくり。ゆっくりと、吐き出した煙が天井の方まで立ち上っていく。
大野さんが。
煙草を吸う人だってことを、私知らなかった。
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作者名：星雪 x他1人 | 作成日時：2020年5月8日 1時
