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彼との約束の時間、私はメモ通りに庁舎の外で想い人を待っていた。
あの約束を破ることも出来た。
でも彼から逃げる事は出来ないと思って、こうしてノコノコやって来た。
『…はあ、日付変わる前には、帰れるよね』
警察を続けるための制限1、それは門限だ。
どうしても帰れそうにない時は父に連絡。嘘ついても駄目、監視がいるから。逆にバレたり破ったら面倒なことになる。
それから十分ほど待っていると、その人が駆け足でこちらに近付いてくる。
「悪い、俺が呼び出したのに」
『いえ、大丈夫です。気にしないで下さい』
あれから敬語が抜けなくなった。零さんとも呼べなくなった。
「…少し歩こう」
『…はい』
互いに気不味くて、テンポが悪い。
庁舎の敷地から抜けて人気の無い方へ歩いて行った。
「…住所の件だが」
沈黙を破ったのは零さんだった。
私も、あぁはいと返す。言いたいことは分かる。
『結婚、するんです。だから、それで』
こんな報告、零さんにしたく無かった。好きな人に、そんな報告。
すれば急に足を止めた零さん。ふと私の方を見て、口を開きかける。
青い瞳がゆらゆらと揺れていた。
「あんなに、嫌がっていたじゃないか。…それにお前仕事は」
『あぁ、仕事の方は大丈夫です。続けていていいと言われました』
「…A」
ぞくりと心が熱く疼く。
あの西条さんに唯一勝ってるとこ。
彼は私だけを名前で、呼び捨てにする。
『…っ、ふる、やさん…』
私なりの精一杯の抵抗だ。
貴方とは距離を置いているという、私の意思表示。
それは結構効いたようで、彼はぐっと黙って俯いた。
『…私、日付変わるまでには帰らないといけなくて。何も、無いようでしたら帰らせて__』
「A」
ふわ、と零さんの香りが鼻をかすめる。
零さんの、冷たい手が私の左頬に触れる。
そして、鼻どうしが触れそうな距離に零さんの整った顔が。
『…っ!れ、さん…っ』
「…ふ、やっと名前で呼んだ」
目元が柔らかく細められて、優しげに吐かれた吐息と“名前で呼んだ”という甘い声。
だめ
ぎゅっと、心臓が掴まれたような痛みが襲う。
がくがくと震えた口と滲み出す視界。
「…A、俺は」
近付く、唇。みっともなく溢れる涙。
『…やめて。零さんは、私の幸せを奪うの?』
だめ。私に近付いては、だめなの。
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ウミ(プロフ) - やばい。感情移入しすぎて泣いてしもた。 (2021年7月18日 8時) (レス) id: a500a044fa (このIDを非表示/違反報告)
まな(プロフ) - !!!( ゚д゚)ハッ!!!!続きが気になります……!! (2020年12月22日 13時) (レス) id: b4debc2124 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:蘇澳 | 作成日時:2020年10月29日 23時