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「ふふっ、零くんてば!」
きゃっきゃと西条さんの高い声が廊下に響く。
あの細腕が零さんの逞しい腕に絡んでいるのが安易に想像できて、知らず顔が歪む。
水のペットボトルを握りしめると、べこりと凹んで残っていた水が私のパンツスーツを濡らす。
『…馬鹿ね』
ふるふると頭を振り、ハンカチで水滴を拭いゴミを捨てる。
肩まで伸びてきた髪をうっとおしげに払い、左手に通していたゴムを使って軽く縛る。切ろうと思ったが、そう言えば神前婚だから伸ばしておけと言われていたのだった。
もう少しでさよならだと言うのに、零さんには何も言えずにいるし近付くことも出来ずにもいる。
こうして彼と彼女の気配がするとその場を離れるという生活をずっと続けて一週間が経った。
赤井さんも忙しい様で本国へ帰ってしまい、相談できる相手はいない。逆に良かった。言葉に甘えて、連れて逃げてなんて馬鹿な事を言ってしまいそうだから。
不意に携帯を見れば、最近名前を付けた一輝の連絡先から着信が入っており、周りを確認してから掛け直す。
『…ごめん出れなくて。何か用?』
「いや構わん。親父がお前と話すことがあるそうだ、今日中に来られるか」
『分かった。日付が変わる前には行くわ』
私が謝るなんてと、一輝は驚いているかしら。
…まあこれからまた一緒に暮らすことになるんだもの、どれ程嫌いでもね。
予定に間に合わせるため、私はオフィスへ戻り至急仕事を片付け始めたのだった。
_____
漸く今日の仕事を終え、零さんのデスクまで行く。
『お疲れ様でした、お先にすみません』
と、そう声をかけた瞬間、その隣のデスクにまだ人がいる事に気付く。
『…お先に失礼いたします』
西条さんにはぺこりと頭を下げて、零さんのおつかれの声を拾った時のこと。
「待ってAちゃん」
低い声で呼び止められ、足を止める。返事をして振り向くと手元には書類の束。
「これ、代わりにやってくれない?今日中に終わらせなきゃいけない書類なんだけど」
私今日は早く帰りたいのよ、とも。
……なんて我儘なひとだ。
『…申し訳ありませんが、これから少々用事がありまして』
「は?こんな忙しい時に皆より早く帰るわけ?」
そんなの、自分もやってきたじゃない。
『…すみません』
言い返せない自分が嫌になる。何も変わってない。
するとそこへ
「有馬」
次の言葉に、私は軽く失望した。
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ウミ(プロフ) - やばい。感情移入しすぎて泣いてしもた。 (2021年7月18日 8時) (レス) id: a500a044fa (このIDを非表示/違反報告)
まな(プロフ) - !!!( ゚д゚)ハッ!!!!続きが気になります……!! (2020年12月22日 13時) (レス) id: b4debc2124 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:蘇澳 | 作成日時:2020年10月29日 23時