嫌いの距離とその温度【アナタシア】 (ページ5)

今日:3 hit、昨日:1 hit、合計:6,316 hit

5 ページ5

.

「ありがとうございました〜」

『はーい、来週は宿題忘れんようにね』

週2日、1日2コマ。これが私のいつものシフト。もっと入れてたときもあるけど、このペースが一番プライベートにも学業にも影響を与えなかったのだ。

お先に失礼します、とまだ作業で居残る先生たちに軽くお辞儀をして、生徒が居なくなったあとの塾を出る。

外に出ると、もうそんな季節かと驚くほど外気が凍てついていた。

寒い。

何度思っただろう、一人になってから。寒いって何度思っただろう。

寒い日の夜は大体夜が澄んでいて、深呼吸をするとどこまでも肺が膨れ上がりそうな気がした。

『……僕を大切にしなかった君が』

他の誰かを大切にするとか

他の誰かを思って僕と同じように泣いたりとか

そんな日が来るんだとしたら

その日に僕は死んでしまおう

何でなんて聞かないから

僕をころして君もしんでよ

私は歌が上手い。幼い頃から、ずっと好きだった歌。歌を歌わない日なんてなかった。

でもまさか歌で生きていきたいなんて非現実的なことは言わないのが私。一度も考えたことがないわけじゃないけど、そんな夢を見てる暇なんて私にはなかった。

ある時、好きな歌を歌いつくしてから、自分の周りに良質な歌がなくなっていることに気づいた。そこから私の趣味は、誰に聞かせるでもない曲の作詞作曲になっていった。

ケータイを取り出して慣れた手つきで開いたのは、全然登録者数の伸びないYouTubeチャンネル。

そこに表示された「煙根-enne-」という名前は、enemyからとった私の活動名。登録者数は156人。

『ああ、一人増えたんだ、今日』

全く気づかなかった通知は、ついさっきこれをチャンネル登録した人が世界のどこかにいることを私に教えようとしていた。

『massato、ね。』

多分本名はまさとでしょ、と口内で笑いが漏れ出した。きっと安直で素直な人なんだろう。どんな物好きだろうか、煙根が好きな人なんて。

最後の投稿日は、二ヶ月前になっていた。

.